たとえばハクがもし、私のことを好きだと言ってくれたら。
たとえばハクがもし、私をお嫁さんにしたいと言ってくれたら。
うかぁぁぁぁぁ。
望みを頭で言葉にして思い浮かべるだけで、千尋の頭の中は沸騰する。
もうずっと気がついたら一緒にいて。
ずっと本当に端から見ている人が呆れるくらい側にいて。
飽きても不思議じゃないくらいなのに。
ハクが側にいることが自然で。
ハクが側にいないことが不自然で。
もしハクが側にいなければ、千尋という存在そのものがからっぽに思える。
それくら自然と一緒にいる存在だと思っているのに。
恋というものを意識し始めてから、ハクが側にいることに不自然なくらいにいつも胸がどきどきいっている。
痛いくらいに強かったり。本当にささやかなくらい静かだったり。
常に落ち着かないのだ。
けれど幸せ。
たとえば・・・なんて思ってしまうけれど、想像なんて曖昧なもの。
ハクが側にいて、自分を見ているそれだけで、理想なんて虚ろなもので、彼自身そのものに何よりも敵わないものだと再確認してしまうのだ。
何をしたい。何をして欲しい。
そんな望み全てがハクの一喜一憂の行動に全て打ち消されてしまうのだ。
沢山思い浮かべていたもの全てが色あせて、今いるハクだけが鮮明に残る。
こんな風に思う自分を千尋は時々振り返り、馬鹿だなぁと思うことがあったり、でも好きなんだなと落ち込んでみたり、どうして好きなんだろうと悩んでみたり、けれど答えは何一つとして出ないのだ。
言葉という限られた枠では表現できるものではないのだ。
だから、こんなにも幸せで切ない。
「あ、今ハク様が通った」
次の仕事場へ向かうため渡り廊下を歩く途中、リンが声を上げる。それと同時に千尋はばっと顔を挙げ、リンの示す存在を捜す。
仕事中は上司と部下という関係。普段は仲良くふたりで話してはいても、時と場所によっては違う表情を見せなければならない。仕事中のハクは真剣で正直千尋は少し恐れを感じるのと同時に遠い人のように感じる。しかしそれは仕事の時間だから仕方無いのだし、そんなハクを格好良いと思ってしまったりするのも事実だ。ただ自分も仕事中また別の顔を見せているのだろうかと思うと、会うのが照れくさい、顔を合わせづらい、恐がられていないだろうか。未だ何も無いところで転びドジも良くする自覚を彼女自身もっている。だからこそいらない従業員だと思われていないだろうか不安になったりもするのだ。
そうは思っていても、一目でも彼の姿を見たいという心は意思よりも早く条件反射のように勝手に反応し、身体はそれにそうように行動を起こしてしまう。
しかし何処をどう見回しても千尋にはハクの姿を見止めることができない。
「・・・ような気がしたんだけど」
「リンさんまたからかったでしょ!」
本人は本当に真剣に受け取っているのに、千尋のこうした行動を面白いと思うのか、リンは何かについてはハクの名前を出し、彼女は楽しむのだ。だから、ハクがいないことを確認すると、千尋はまた自分がからかわれているのではないかということに気がつき、リンを振り返ると怒りをぶつける。
「違うって。今、本当にそこを通ったんだって。千のこと見てたから、こっちに来るかと思ったら、そのままどっか行っちまった」
ぶんぶんとリンは首を横に振り、普段の行いのツケから信頼して貰えない妹分に誤解を否定し、今度は本当だとしきりに訴える。
その行動はどう見ても嘘をついているように見えない。
そうすると、またハクに何かあってよそよそしくなってしまったのだろうか。
寂しいあんな気持ちになるのは恐い。
そう思うと、一気に不安が掻き立てられ、千尋はばっと顔を上げ、リンを見上げる。
「ハク、何処へ行ったの!?」
その突然の行動にリンは少し度肝を抜かれながら、「あっちに消えてった気がするかなぁ・・・」と廊下の奥を指差し、返答する。
「いっ・・・・・行ってきてもいい!?」
仕事中だということは千尋も良く分かっている。しかし今ハクに会いたいと思ったのだ。
千尋は胸を逸らせながら、遠慮がちに、しかし期待を込めてリンに尋ねると、彼女は半ば呆れたように、そして諦めたように苦笑しながら、「行って来い」と千尋の頭をぽんと撫でる。
その瞬間、千尋は満面の笑みを浮かべ、「行ってきます!リンさん大好き!」と告げると、ハクが消えていったと思われる廊下の奥へ姿を消した。
「そんなにあいつがいいかねぇ・・」
一人取り残されたリンは、もう彼女自身何度目になるか分からないぼやきを呟いた。