「・・・なぁ・・・千・・・」
「なぁに?リンさん?」
「・・・・・・・・お前、何かやったのか?」
「・・・・覚えは無いんだけど・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・だったら、この氷点下の空気をどうにかしてくれ!」
油屋は本日も平常通りの営業を行っている。
ごく稀に高い身分の神が訪れる事や、気難しい客も来る事はあるが、それも日常茶飯事の事。それが今日になって何か起こるという事は滅多に無い。本日も、何一つ変わりなく、疲れを癒しに足を運んで頂いているお客様へのおもてなしを行っていた。
「千、ちょっといいか?」
「はいっ!」
厨房で働く調理担当の従業員に声をかけられ、千尋は運ぼうと既に持ち上げていたお膳を一度、置かれていた元の位置に戻すと、従業員の元へ駆け寄る。
「あの客のことなんだがな・・・」
これから料理を客の部屋へ運ぶ際に、調理の者から、料理の出し方、もてなし方を指示されるのは当たり前のことだった。調理する者にとっては、自分の腕が客の口に入り試される、そして客に満足して料理を食べて頂くのは当然の望み、その為に、いかに料理をお披露目に、どのように食して頂くか、指示を受け、そして接客をするのが、お膳を運ぶ者の仕事。
当然のように、千尋は指示を受け、従業員と会話を交わしていただけだった。
「・・・それでな・・・」
淡々と指示を綴り続けていた従業員の表情が突然凍りつく。
まるで蛇にでも睨まれた蛙の様に。---蛙男なのだから変えるには間違えは無いのだが、その顔がこれ以上ないというくらい引きつっていた。
千尋は彼の突然の表情の変化に、どうしたのだと首を傾げるのが半分、実はまたかと思うのが半分で、未だ男が視線を注ぎ続ける彼女のすぐ後ろ、とてつもない冷気を放つ者を振り返った。
------予想通りだった。
「・・・ハク?どうしたの?」
乙女心とは複雑なもので、好きなひとに会えて嬉しい反面、彼の最近の行動に不信を感じていたのが半面で、笑みを浮かべ、ハクに声をかける。
「・・・・・ただ見回りをしているだけだ。お客様が次の料理をお待ちになっている。早急にお出ししろ。それと・・千。何度言ったら分かるんだ。私のことはハク『様』と呼ぶように」
険しい表情のまま、注意だけ言い残すと、ハクはその場からスタスタと去っていってしまった。
きっ・・・聞くんじゃなかった・・・。
千尋は心の中で後悔する。
最近余りにも頻繁に多い、ハクの登場に彼女も堪えられなくなり、思わず声をかけてしまったのが失敗だった。
逆に叱られ、千尋の急上昇していた幸福感は、一気に急降下してしまった。
「気にするな。ハク様はいつもああなのだから」
調理担当の従業員に、同情の声で労われ、ぽんと肩に手を乗せられる。
千尋は頷くしかなかった。
一体何なのーーーーーーーー!?