空気と水1

澄んだ朝の空気。
太陽の光がまだ弱いながらも、きらきらと擦れ合う気の葉の間から光りが溶け込む。
柔らかな暖かさと、夜の冷えた空気が身体に染み渡る。
朝を迎える度に、世界が新しく生まれ変わる。
朝露が深緑の葉の上に載り、少し湿った土に滴り落ちる。
きらきらきら。
水が跳ねる。髪が跳ねる。心が跳ねる。
胸一杯に空気を吸い込むと、お腹の中に溜まっていた黒い靄が真っ白に変わる。
白く靄がかかり、幻に揺れるはっきりとしない世界。
服に触れるとじんわりと水を吸い込んで湿っている。
まだ誰も触れていない新しい世界。
自分だけの世界。

千尋は大好きだった。

家のすぐ隣に広がる大きな森。
その置くには赤いトンネルがある。

千尋は朝が大好き。
森が好き。風が好き。空気が好き。

朝はまるで自分が生まれたてのような新しい気持ちになれるから。
森は、緑色で世界が染まり、世界はまるでそこだけのような感覚になるから。
風は、千尋を包み込んでくれるから。時に強く、時に優しく、まるで自分の心を見透かしたように、意地悪な気持ちの時には、飛ばされそうになるくらい強く吹きつけ、落ち込んでいる時には、慰めてくれるように柔らかく、暖かく流れ、悲しい気持ちを吹き飛ばしてくれるから。
空気は、守ってくれているような気がするから。いつも側にいて、いつも千尋に触れて、肌から、喉から満たしてくれる。

大好き。

でも懐かしい。
いつか何処かで感じたような感覚。
大切という気持ち。
懐かしいから大好き。

今もほら。

「きゃっ」
木の根に躓いて、千尋は転びそうになる。

気をつけて。

ふわっと柔らかい温もりさえも感じる優しい風が、まるで千尋を守るように吹き込む。
ひとの腕に包まれたかのように。
だから千尋は身体を起こし、そして振り返る。
誰もいるはずの無い、彼女の視界。
「ありがとう」
守ってくれてありがとう。
そうして切なくて、懐かしいその存在に逢えることが嬉しくて。
千尋は自然と笑顔になって駆け出す。

大好き。

森が大好き。
空気が大好き。
水が大好き。
大好きなものが大好きな自分が大好き。

懐かしくて。
切なくて。
嬉しくて。
悲しくて。

大好き。