風吹く先3

「千尋ちゃんって頼りになるよね」
「いっつも元気で、私も元気になるよ」
「でも、時々ドジだよねぇ・・」

最近よく耳にする自分の評価。
千尋自身、誰かに評価して欲しいわけではないのだが、周囲の友人達からよく言われる言葉。
気にしてるつもりではないのだが、ある時を境に、自分に対する他人のイメージが変わってしまって、困惑していたことは事実だった。
ある時---それが、『不思議の町』に行ってから。
思い返してみると、確かに、それまでの自分はのんびりしていたかもしれない。
けれど、彼女自身、何がどう変わったのか、よく分からない。
自分は自分であって、何も変わっていないつもりなのだから。 しかしそう思う中でも、自分でも変わったかもしれないと思う時があるのは確かだった。
自分の性格が・・などではなく、見えるものや感じるものが。
前よりも、色んなことにどきどきするようになったし、色んなものがきらきら光って見えるようになった気がする。
友達と話すのも楽しいし、家で料理や、洗濯、家事の手伝いをするのも楽しいし、勉強も楽しい。
色んなものが、真新しく見える気がする。
今までと何も変わらないはずなのに。 新しく見えて、色んなことをするのがとても楽しくなった気がする。
もっと沢山の知らないことをしてみたくなった。
どきどきして、わくわくして、毎日が前よりとても楽しく思えるようになった。

不思議の町にいたのは、神様のためのお風呂屋『油屋』にいたのはほんのわずかな間。
両親が豚に姿を変えられ、ハクに助けてもらい、無事に元の世界に戻る事ができた。
お仕事というものがどれだけ大変なのかを初めて知った。
それだけじゃない。
お客様が喜んでくれた時の充実感。
自分を助けてくれたハクが苦しんでいるのを見た時の辛さ、助けたいと思った苦しさ、そして元気な姿で自分の前に現れてくれた時の喜び。
今までしたことの無いことを、沢山経験してきたし、感じたことの無い気持ちを沢山感じた。

けれど、本当にわずかな間なのだ。
それだけの間で、自分が本当に変わってしまったのだろうか分からない。
どうして変わってしまったのか分からない。
本当に自分は前の自分と違うんだろうか。 不思議に思って、鏡の前に立ったことが何回もあった。
しかし、やはり、そこには何も変わらない自分がいて、不思議そうに覗き込んでいる自分を見つめている。

自分が変わったのが嫌なのですか?と尋ねられれば、NOと答えるだろう。
嫌ではないから。
元々あまり誉められることの無かった自分が誉められるのは嬉しい。
もっとがんばれば、もっと自分が変われるんじゃないかという期待と希望をもてることができた。
やれば何でもできるんじゃないかって勇気を持つことができた。
そして、そんな自分が、今、彼女自身とても好きだから。
そのことよりも。何よりも。
元の世界に持ち帰ることができた、あの不思議の町に行ったという唯一の証拠は、銭婆に貰った髪留めだけ。
あとは自分の中の記憶だけしかない。
あまりにも今まで自分のいた世界とかけ離れすぎていて、本当に行ったのだろうか。夢だったのだろうか、と不安になる瞬間がある。
けれど、あの日から、自分が変われたのだとしたら。
これ以上の証拠は、ないのではないだろうか。

だから彼女は「変わったね」と言われることが、とても嬉しかった。