風吹く先1

走る。
どこまでも。
青い青い空の下。
何処へなんてわからない。
けど、知ってる。
ただそこへ向えばいい。
地図は予感。
方位磁針は胸の高鳴り。
追い風が背中を押してくれる。
だから、怖くない。
一歩近づくほとに、胸のどきどきは大きくなっていく。

その日は起きた時から何かが違っていた。
いつもはだるさを感じながら目が覚めるのに、その日に限ってはぱっちりと目が覚めたのだ。
そして、胸の鼓動は眠っていたにも関わらず、逆にいつもより大きく、どきどきして止まらなかった。
遠足の前日、運動会の前日、友達と遠くへ遊びに行く日、家族で旅行する日。
わくわくして、どきどきして、嬉しくて、楽しみで、眠れないことが誰にでも一度や二度あるだろう。
そんなどきどきと一緒。
いつもと何一つ変わらなく、学校へ行き、授業を受けるだけだと言うのに。
特別な事は、何一つ無いというのに。
そしてその中には、いつもと違うどきどきが隠れていることも感じていた。
プレゼントを貰った時に、その箱を開ける、あの瞬間のどきどき。
何が入っているのか分からない、不安と期待。
どうしてそんなどきどきしているのか分からないはずなのに。
はっきりとしないはずなのに。
何故かはっきりと分かる。
胸の鼓動は確信している。
それを人は普通『上機嫌』と呼ぶのかもしれない。
けれど、そんなものじゃないことは知っていた。
言葉にするなら、『予感』。

小学校最高学年、6年生になって、太陽の日差しが強くなり始めた頃。
世間で『神隠し』と呼ばれる、『不思議の町』に行ってから、2年目の夏。
荻野千尋は、言葉にすることはできない、はっきりと確信している『予感』で目が覚めた。

だから走ったのだ。