花。

ゆらゆらゆら。
私はいつも揺れている。
ひらひらひら。
いつも風に揺られて、止まることはないの。
ふわふわふわ。
でも。
心地いい。

「千尋」
私を呼び止める声。
凛とした、それでいて物静かな声。
ちょっと低めの落ち着いたその声は、私の心も落ち着かせてくれる。
でもその中には、ちょっとどきどきも混ざっているの。
小さなどきどき。
彼と会うだけで、どきどきが強くなる。
声を聞くだけで、耳が痛くなるくらいどきどきする。
姿を見るだけで、胸が一杯になる。
「ハク」
彼の名前を言葉にするだけで。
私の心は一杯になる。

いつの頃からなんだろうか。
何がきっかけなのか。
思い出してみても良く分からない。
気がついたら。
胸の中がハクで一杯になっていた。

初めて会った時、私は水の中。
彼は私を助けてくれた。
はっきり覚えてないけど。
あの時の感覚が覚えてる。
彼はとても大きくて。温かくて。
優しかった。
おぼろげにしか覚えてないけど。

2度目に会ったのは、不思議の世界。
右も左も分からなくて。
お父さんとお母さんが豚になって。
不安が一杯で苦しかったけど。
彼は私を支えてくれた。
彼は悪い魔女に呪いをかけられていて、本当の彼はどんなひとなんだろうと戸惑ってしまったときもあったけど。
抱き寄せてくれた手は、大きくて。温かくて。
優しかった。
すっかり私はハクのことを忘れていたのに。
彼は私を覚えていてくれた。
嬉しかった。
すごく嬉しかった。

いつがきっかけなんだろう。
ハクがとても大切。
大切なひと。
彼が傷つくと、自分も死にそうな気持ちになるし、彼が幸せそうに笑うと私も幸せだった。
お父さんが大切。お母さんが大切。
一杯ある『大切』の中で、全く違う『大切』。
ハクだけの『大切』。
彼が側にいると、凄く安心できて、落ち着く。
心がふんわり優しくなる。
そんな夢の中にいるような、柔らかい感覚に包まれる。

ふわふわふわ。
暖かい日差し。
ゆらゆらゆら。
私を揺らす優しい風。

気がついたら、胸がどきどき鳴っていた。

「千尋が側にいて、笑っていてくれれば、それだけで私は幸せだよ」
ハクの声。ハクの瞳。ハクの髪。ハクのにおい。
ハクが側にいないと落ち着かなくなる自分。
ハクが側にいると、落ち着かない自分。
不安と緊張の繰り返し。
ハクが側にいないと、寂しくて、心にぽっかり穴が空いた気持ちになる。
ハクが側にいると、嬉しくて、顔が熱くなって、胸がどきどきする。
優しい気持ち。暖かい気持ち。幸せな気持ち。
変わらない。
変わらない中にある、嬉しさや恥ずかしさが顔を出すの。
気持ちが変わる。
ハクが傷つくと、私は死にそうなくらい胸が痛くなるし、ハクが幸せそうに笑うと、私は嬉しい。

まるで風に揺れる花みたいに、心が揺れるの。

ハクの機嫌が悪いと、私までしぼんだ気持ちになる。
ハクが笑いかけてくれると、その日はずっとお日様にあたるみたいにぽかぽか一日中幸せ。
ハクが私の気持ちを揺らす。
ゆらゆら。
揺られる私。
心地よい。
ハクだから。
ハクだけが私を揺らす。

ゆらゆらゆら。
今日も揺れる。
ひらひらひら。
暖かい日差し。優しい風。
ふわふわふわ。
今日も幸せ。

明日も幸せ。

2002.09.09