触れる1

体温って不思議。
自分より体温の高い人に触れて、温かいと思う。
自分より体温の低い人に触れて、温かいと思う。
ぬくもりがとても愛しくて。
もっと触れていたいと思う。

変な感じ。
千尋は首を傾げる。
人と出会う回数は数え切れないくらいあるのに、触れる機会は、以外に少ないんだなと感じる。
手が触れる。指が触れる。背中が触れる。肩が触れる。
ただぶつかった拍子に触れるのは、何も感じる事は無い。
けれど、友人同士で手を繋ぐ、恋人同士が腕を組む。
同じ触れるだけのはずなのに、ぬくもりを感じる。
体温を感じる。
心が暖かくなる。
触れること、触れられる事で、相手に好意を伝えているような気がする。
あなたが好きですと伝えている気がする。
心の暖かさを感じるから、触れるところが暖かいと感じるのだろうか。
触れることを嬉しいと思うし、触れられる事を嬉しいと思うのだろうか。
触れられる事で、親密になりたいと求められている気がするし、触れる事で自分はその相手に触れる事を許されているのだと感じるのだろうか。

触れる。ただそれだけの事なのに。
言葉では全然およばない気がする。
だから触れるし、触れられるのだろうか。

千尋は俯き、頬を染めた。

誰よりも愛しい人を想い浮かべてしまったから。

大きな手の平に重ねられる小さな手。
まだ二つの手は幼さを残していたけれど、互いに異性として変化しつつある発達途中の手。
心と体がともわない成長の時期に、心は体に表れる成長についていけず、もどかしさを感じてしまう。
今まで繋いでいた手が、相手を異性として見る感情を持ち始めると、過剰に意識し始めてしまうのだ。
けれど、その戸惑いをどうすればよいのかまでは、まだ分からない。
今の千尋のように。
「・・・・ハクって・・手を繋ぐの好きだよね・・・」
「そうだね」
恥ずかしさと嬉しさの裏腹さにさりげなく戸惑いが言葉に出る。そんな千尋にあっさりと答える少年に、彼女は顔を赤くする。
ハクには千尋のそんな変化には気づかないのか、微笑みながら、さらに言葉を続ける。
「手を繋ぐというよりは、千尋に触れる事が好きなのだと思う」
顔色ひとつ変えず言い放つハク少年。
爆弾投下直撃を受けた千尋は耳まで真っ赤にし、口をぱくぱくさせ、言葉にならない言葉を呻くだけだった。
そんなことを言われると、余計に相手を意識してしまうのは当然のこと。
繋いでいる手が急に恥ずかしくて、心がむず痒くて、体温を感じるのが恥ずかしくて、放したくて、放したくなくて、言葉にならない気持ちだけが千尋の中をぐるぐる回り始め、パニックに落ちてしまう。

少し前まで、手を繋ぐと、温かくて、嬉しくて。
ただ幸せだったのに。
今はただ、もう、どきどきして、頭の中が沸騰して、煮えたぎってしまう。
幸せという気持ちよりも、嬉しい気持ち。
ハクを愛しいという気持ちで胸が一杯になるのだ。

私ってハクのこと好きなんだなぁ。

そんなことを再認識してしまって。
好きで好きでしょうがなくて。
だからといって、その気持ちの昇華のさせ方も分からなくて。
好きだと伝えれば良いだけの事なのに。
言う事もできなくて。
表現する方法も分からず。
好きすぎて、胸が一杯になり溢れたら、どんな行動を取ってしまうのか、そんな自分が恐くて。
結局心の中でぐるぐると想いだけが巡るのだ。
そんなことが続きすぎて、逆に気持ち悪い気分にさえなる気がする。

「千尋?」

けれど、触れる手の暖かさは、彼のぬくもりを改めて感じるその瞬間だけは、千尋の想いを一瞬だけでも昇華してくれる。

好き。

それだけの気持ちで一杯になれるのだ。