青の妖精

妖精が生まれる瞬間を知っていますか?
まだ花びらが開く前の花の中、朝もやで濡れた露が花の中に溜まります。
太陽光を浴び、花が開くと、その溜まった朝露の中から妖精は生まれてきます。
妖精たちは赤や黄色やピンクの自分が生まれたその花を髪に飾っています。
その小さな体の中に、妖精たちは皆を幸せにする力を持っています。
風に乗って世界を巡り、たくさんの願いを叶えることで幸せを溢れさせていきます。
今は夜です。
あれ?
夜露に濡れた花の中から月の光を浴びて、妖精さんが生まれました。
夜のように青い花から生まれたその子は、青い綺麗な花を髪に飾っています。
右を向いても左を向いてもお友だちはいません。
どうしようも無くなって、その子はとぼとぼと歩き始めました。

 

「妖精さん。妖精さん」
どこからか声がします。
声がする方に近付いてみると土の中からモグラさんがひょっこりとかおを出しました。
「どうして君の花は青いの?」
「青い花から生まれたからよ」
「夜の木陰の色みたいで不気味だね。青い花って見たことないよ。どうして夜に歩いているの?」
「夜露の中から生まれたからよ」
「ふーん」
妖精さんの答えにモグラさんは不思議そうに首を傾げるだけでした。
「今、新しい家を作る為に穴を掘っていたんだけど、この岩が大きくて、道を塞ぐんだ。君の魔法の力でよけてくれないか?」
そう言ってモグラさんは自分の何倍もの大きさのある石をぽんとたたきました。
妖精さんは自分の体より大きな岩に手を乗せ、「えいっ」と声を上げます。
けれど、何も起きません。
岩もそのままです。
何度も何度も魔法の力を使おうとしますが、何も起きません。
「何だ。魔法も使えないのか」
がっかりして、モグラさんは溜息をつきます。
「青は洪水の色みたいで怖いし、あっちにいってくれよ」
そう言うと、モグラさんは土の中に戻っていきました。

 

妖精さんはまたとぼとぼと歩き始めました。
「妖精さん。妖精さん」
どこからか声がします。
声がする方に近付いてみると、木の上にふくろうさんが座っていました。
「どうしておぬしの花は青いんだ?」
「青い花から生まれたからよ」
「まるで深い谷底のような不気味さだ。青い花って今まで見たことないぞ。それにどうしてこんな夜に歩いている?」
「夜露の中から生まれたからよ」
「そうかい」
妖精さんの答えにふくろうさんは不思議そうに首を傾げるだけでした。
「ところで、わしのメガネが地面に落ちてしまったんだが、拾って持ってきてもらえるかい」
妖精さんの足元には小さなメガネがひとつ落ちていました。
それを拾い、背中に背負うと、妖精さんはふくろうさんのいる木を登り始めました。
「おいおい。空は飛べないのかい」
そう言うと、ふくろうさんはゆっくりと羽をはばたかせ、地面へ下りてくると、妖精さんからメガネを奪いました。
「もう私もいい年だ。なかなか体が言う事をきかないから拾ってもらおうと思ったんだが、空も飛べんのならいらんよ。あんたの青を見ていると、いつまでも夜が明けない気がする。どこか行ってくれ」
そう言うとふくろうさんは、また羽を羽ばたかせ、木の上に戻りました。

 

妖精さんはまたとぼとぼと歩き始めました。
「どうして私は魔法も使えないし、空も飛べないんだろう。皆を幸せにする為に生まれてきたのに、どうしてひとりも幸せにできないんだろう」
そう呟いて妖精さんはぽろぽろと涙を零します。その涙まで青くきらきらと光っています。
「どうして私は青いんだろう。誰かと会うだけでそのひとを不幸にしている」
髪に飾っている花は妖精さんの命です。
「皆を不幸にするだけの花ならいらない」
そう言って、妖精さんはその青い花を取ろうとしますが、
「妖精さん。妖精さん」
その時、声がしました。
声がするほうを振り返ると、子ぐまさんが必死に走ってきました。
「お母さんが熱を出して、死にそうなんだ!助けて!」
そう言うと、子ぐまさんは妖精さんを自分の背中に乗せ、自分のお家に連れて行きました。
家の中でお母さんくまは眠っていました。
かおを真っ赤にして辛そうです。
「お母さんを助けて!」
子ぐまさんは妖精さんを背中から下ろし、お母さんぐまの前に座らせます。
「ごめんなさい。私は魔法を使えないの。空も飛べないからお医者さんを連れてくることもできないの」
「そんなぁ」
子ぐまさんは泣きそうになります。
「でもね。私も頑張るから!一緒にお母さんを助けよう!」
そう言って妖精さんは本棚に向かい、本を開きます。
子ぐまさんは不安そうにしながらも、隣で一緒に本を開いて、お母さんを助けられる方法を探し始めました。

 

どれくらい時間が経ったでしょうか?
「あった。これ!」
妖精さんが声を上げます。
本には薬草の絵が載っています。それは薬草の根っこが描かれた絵でした。
「これでお母さんの病気が治るの?」
「うん」
「どうやって取ったらいいの?僕の手じゃうまく取れないよ」
子ぐまさんは自分の手を見て言います。
妖精さんは考えました。

 

「モグラさん。モグラさん」
妖精さんは子ぐまさんと一緒にモグラさんの家の入り口でモグラさんを呼びます。
「何だい。妖精さん」
モグラさんはゆっくりと穴から出てきました。
「この子のお母さんが熱で苦しんでいるの。この薬草は私たちじゃ取れないので取ってくれませんか?」
そう言って妖精さんは本に描かれている薬草を見せます。
「お前さんはおれがこの岩をよけて欲しいという願いも叶えられなかったのに、おれには頼みごとをするのかい」
モグラさんに睨まれ、妖精さんはしゅんとします。
「この岩をよければいいんだね。僕が岩をよければお願いを聞いてくれる?」
モグラにとっては大きな、子ぐまにとっては体を大きさくらいの岩を子ぐまは爪を引っかけかかえます。
「お母さんを助けてもらうんだ!」
えいやぁと力を入れて岩を抱えると、モグラさんの家の邪魔にならない場所によけました。
「仕方ないなぁ。岩をよけてもらったお礼に取ってあげよう」
モグラさんは笑いながら言いました。
「ただこの薬草がどこにあるかわからないぞ。森は広くて、夜は真っ暗だ。歩いて探していたらとても時間がかかるだろう」
モグラさんの言葉に妖精さんと子ぐまさんは泣きそうになりました。
それでも妖精さんは考えました。

 

「ふくろうさん。ふくろうさん」
妖精さんは木の上で眠るふくろうさんに声をかけます。
「何だい。妖精さん」
ふくろうさんは目を覚まし、木の下にいる妖精さんと子ぐまさんともモグラさんを見ました。
「この子のお母さんが熱で苦しんでいるの。この薬草を探してくれませんか?」
そう言って、妖精さんは本に描かれている薬草を見せます。
「おぬしは空を飛ぶこともできない。わしの願いも叶えられんかったのに、わしには頼みごとをするのかい」
ふくろうさんにやれやれと呆れられ、妖精さんはしゅんとします。
「この髪についているお花をあげます。私の青の花は好きじゃないかもしれないけど、私は持っているものはこれだけだから」
「その花をもらったらあんたは死んでしまうだろう」
「私は空も飛べないし、皆の願いを叶える力も無いもの。私が子ぐまさんのお願いを叶える為にできることはこれくらいだから」
涙ぐみながら妖精さんは言います。
ふくろうさんは目を細めて、そして笑い出しました。
「わかったわかった。この老いぼれが薬草を探すことで、その子ぐまのお母さんが元気になるというのなら一肌脱ごう。ちょっと待っておれ」
そう言うと、ふくろうさんは大きな羽をのばし、飛び立ちます。

 

少しの間待っていると、ふくろうさんは帰ってきました。
「その薬草がある場所を見つけたぞ。ついて来なさい」
そう言って、ふくろうさんはまた空を飛び始めます。
その後ろを子ぐまさんは妖精さんとモグラさんを背中に乗せて追いかけました。

 

小さな池の近くにその薬草はありました。
「よし。おれに任せろ」
そう言ってモグラさんは丁寧に、その薬草の根っこを掘り出します。

 

掘り出したものを早速子ぐまさんの家に持ち帰り、薬を作ります。
妖精さんは本から作り方を探し出し、モグラさんは根っこをすりつぶし、ふくろうさんはすりつぶした薬草をお湯で煮詰めます。
できあがったものを子ぐまさんがお母さんくまに飲ませました。
するとお母さんくまの熱がみるみる下がっていきます。
「モグラさん。ふくろうさん。ありがとう」
妖精さんはふたりに一杯お礼を言いました。
ふたりは照れくさそうに笑います。
子ぐまさんもふたりにお礼を言います。そして妖精さんにもお礼を言いました。
「お母さんがよくなったのは、妖精さんが一生懸命頑張ってくれたおかげだよ。ありがとう」
妖精さんは嬉しくて泣きそうになりながら、生まれてから初めてにっこりと笑顔になりました。

 

夜が明けて、今日も朝の光を浴び、鮮やかな色とりどりの花たちの中にある朝露の中から妖精が生まれます。
黄色い可愛い花をちょこんと髪に飾った妖精さんがお母さんくまと一緒に座っている子ぐまさんを見つけました。
「何かお願いごとはありませんか?」
子ぐまは首を横に振ります。
「何もないよ。僕はもう幸せにしてもらったから。晴れた日の青い青い空のようにあったかい青い花の妖精さんに幸せにしてもらったから」

 

魔法を使えないけれど。
空を飛ぶこともできないけれど。
青い花を髪に飾った妖精さんは、今もどこかで
妖精さんができる精一杯の力で、皆と一緒に力を合わせて、
誰かを幸せにしているでしょう。