冬の冷たい空気が太陽に温められて、少しずつ温もりを持ち始める。
一日の半分を占めていた夜から、ゆっくりと昼の時間が長くなり始める。
日が差す時間が長くなる事で、植物たちは忍ぶ冬からゆっくりと目を覚まし始める。
硬かった蕾はひとつまたひとつと膨らみ始め、ゆっくりと芽吹く準備を始めていた。
いつぶりかの暖かい陽気に、冬の間の篭った屯所内空気を換気しようと一斉に雨戸を解放する。
暖かいとは言ってもまだ春も間際、冷たい空気も混ざる風が一気に屯所を吹き抜ける。
戸を開けっぱなしの部屋で春用に薄手の着物を押入れから引き出し、繕いをしていたセイはふるりと身を震わせた。
「神谷さん」
ぼふっと背から温もりがセイを守るように覆い被さる。
「綺麗好きはいいことですが、換気もほどほどにですよ。まだまだ春にはもう少しだけかかるんですから」
「はい…」
何も言わずともこういう時すぐにセイを甘やかそうとする総司に大分慣れては来たものの、いつまで経っても慣れず、セイは少し頬を染めた。
ちょっと前まではすぐに「女子扱いしないでください!」と怒ったり、「そんな事しなくても大丈夫です!」と反発しないだけ自分も成長したなと己を省みるくらいだ。
本当は嬉しいくせに素直になれないのは、衆目も気になるのもある。大分総司の行動に皆も慣れて見て見ぬ振りもしてくれるがそれに甘えてはいけない。武士としてここにいるのだからその位は弁えたい。
今は部屋に誰もいないから素直に彼の胸に身体を預けられる。
そんなセイの葛藤さえとっくに承知済みなのか、離れない彼女に総司はふふっと笑う。
「まだかまだかと指折り数えて待っているんですけど…まだ春にはならないんですよねぇ」
総司は優しくセイを包み込みながら、何処か疲れたようにそう呟き、セイは苦笑した。
肩の上を回ってくる両腕に重くならない程度に寄りかかってくる重みに、セイは愛しさを感じる。
「こうやって抱き締められるだけで幸せなんですけど…もっと…神谷さんは物足りなくないですか?」
ぼそりと呟く総司に、またかと思いつつ、セイは答える。
「いいえ?」
「もっと触れたいと思いませんか?」
「いいえ?」
「もっと私を知りたいと思いませんか?」
「いいえ?」
「もっと私の愛情を受けたいと思いませんか?」
「いいえ?」
「もっと私に好きだって伝えたくなりませんか?」
「いいえ?」
「もっと私に愛しいって言って欲しいと思いませんか?」
「いいえ?」
「…神谷さんがつれないですー」
「いいえ?」
「神谷さんの返事がおざなりですー」
「いいえ?」
くすくすと笑うセイに、どう考えても遊ばれていると総司は頬を膨らませる。
「セイはいつまで経っても恥しがりやで連れないですねぇ」
「っ!」
「正解でしょ?」
悪戯っぽい目で覗かれると、セイはそっぽを向く。その頬に総司は接吻を残した。
「もう少し私がどれだけ貴女を大切に思っているか分かってくれてもいいと思うんですけどねぇ」
溜息交じりの吐息が、セイの耳を擽る。
「…不思議なんですけど」
「はい?」
「沖田先生はどうして突然そんなに…私と夫婦になろうと思ったんですか?」
『私の事を好きになったんですか?』とは恥しくて聞けず、セイは精一杯の言葉で問いかける。
ある日突然夫婦になる前提で話をされた。
そこから総司の中で何があってそんな結論に至ったのか、セイ一筋、セイ馬鹿になった。
「……」
総司は沈黙し、何も言わない。
いつもの彼なら意気揚々と語り始めてくれると思って尋ねてみたのだが、何も語らない総司に、セイは不思議に思って振り返る。
見上げると、ふっと少しだけ身体を放し首を擡げる総司に唇を吸われる。
触れた唇はそのまま頬や鼻先、額にと口付けを落としていく。触れた後には温もりと言う愛しさを込められた余韻が残る。
されるがまま総司の行為を受け止めると、そのまままた彼の瞳を見上げる。
すると彼は項垂れ、彼女の肩に額を乗せた。
「…女々しくて言えません」
「?」
意味が分からずセイはこてりと首を傾げる。
「本当の事を言ったらきっと貴女は私から離れていってしまいますよ…」
「そんなこと…」
何にそんなに弱気になっているのか反論をしようとするセイの唇をまた総司は塞ぐ。
「…っ」
最近されるようになった、深い口付けにどう応えてよいのか分からずセイは息を止めてただ受け入れる。
吹き込まれる熱い息と、彼女の温もりを確認するように絡まる腕にじんとセイの熱は高くなっていく。
「…はぁ…」
セイが羞恥心と酸欠でくらくらと倒れる前に口付けが離れると、総司はまた彼女の肩に額を乗せる。
小さな紅い唇から零れる吐息に目を瞑って感じ取り、己の腕の中にある大切な存在を、蓄積する愛しさを、全身に浸透させる。
「どうか…聞かないで。ただ、貴女が愛しくて…ただ…それだけで…」
「――」
いつもの感じと違う総司に、セイは不安になって表情を曇らせる。
そっと己の手を今も額を肩に乗せる総司の髪に触れさせた。
くしゃり。と撫でると、その手を掬われる。
ゆっくりと顔を上げると、幸せに満たされた表情で総司は笑った。
「セイ。二人で幸せな夫婦になりましょうね」
きゅっと包み込まれた掌に、セイはほっとして笑顔を見せた。
「沖田先生…」
セイは総司に向き直ると、そっと彼の頬に両手を添える。
「……」
そっとセイから唇を総司の唇に乗せる。
「!」
総司は彼女から初めて与えられる温もりに静かに目を閉じる。
「セイーっ!」
「きゃーっ!だから祝言あげるまでだめですってばーっ!!」
2021.06.21