セイはその日副長室で小姓の仕事を努めていた。
文机に向かい書状を読み、回答を口にしていく土方の横で、セイは同じく机を並べてそれを紙に書き写していく。
土方の机の上には山になっている書状。
朝から一つ一つこなしていって、既に日も天頂に昇り昼。いつ終わるだろうかと、未だ山になっていた書状が少しも減った気がしない二人は、溜息を吐いた。
「…そろそろ昼餉の時間か」
「そうですね。そろそろ昼餉ですね」
「そうですよぅっ!二人ともそろそろお昼ですから!もうそろそろ神谷さんが解放されてもいいと思いませんかっ!?」
『……』
セイと土方は二人揃って、部屋の隅に正座し、ずっと待機していた人物を振り返った。
「…先生…朝からずっと…」
「…お前は…非番の今日一日中そこにいるのか?」
呆れて呟くセイに続いて土方も溜息を吐く。
「当たり前じゃないですかっ!仕事とは言え、どうして恋人を自分以外の男と二人っきりにしなければならないんですかっ!」
「……お前。今までそれが当たり前だっただろうがっ!」
「私がいつもどれだけ心配していたか神谷さん分かりますかっ!」
「えっ!?突然私に振るんですかっ!?」
土方と総司が言い合いをしている合間に取り敢えず一旦仕事道具を片付けようと動いていたセイは突然話を振られ驚く。ついでに言えば、話と共に総司に抱き寄せられていた。
「幾ら神谷さんが私一筋だとは言え、いつだって二人は仲が良いじゃないですかっ!?仕事だって阿吽の呼吸で何も言わず黙々さくさく終わらせてっ!土方さんいつも私が手伝うとぶつぶつ文句言いながらやるくせにっ!」
「それはお前の飲み込みが悪いからだろうがっ!」
「それより仲いいって止めてくださいっ!」
土方の反論の後に、セイが総司から逃れようと彼の胸を押しながら苦情を申し立てるが、抱き締められた腕は離れない。
「神谷さん!神谷さんが心変わりしない事は分かってますけど、それでもやっぱり二人仲良いですし、土方さん女ったらしですけど男前ですし、私は刀を振る事しか取り柄の無い男ですから不安になるし、悋気だってするんですよっ!」
「はぇっ!?」
「もうっ!人には野暮天野暮天言っておいて、どうしてそういう男心が分からないんですかねっ!」
「はいっ!?」
「そんな人には少しお仕置きが必要ですねっ!」
「ひぇっ!先生!副長見てるっ!っ!」
「構いませんっ!土方さんに私たちがこんなに仲がいいんだっ!横入りする隙は無いんだって見せ付けてやるんですっ!」
「突然二人の世界を作るのを止めろ」
顔を近づけて突然力説し始める総司に腕から逃げられながらたじろぐセイはただただ真正面からぶつけられる感情を受け止めるしかない。
ついでに頬やら鼻やら額やらに最後に唇に落ちてくる接吻を為す術無く受け止め続けるしかない。
そこを割って入るように、土方が静かな一言を放った。
しかし、そこで負けるような総司ではない。螺子の外れた総司は負けない。
「二人の世界にさせてくれないのは何処の誰ですかっ!ずるいですよっ!一番隊の皆までグルになって私と神谷さんの二人きりの時間を邪魔するんですからっ!神谷さんだって恥しがって逃げちゃうんですよっ!そこがまた可愛いですし!徐々に追い詰めていくのもいいかなって最近思い始めてるんですけどっ!」
「お前がそんなだからかっちゃんも一番隊使って止めるんだろっ!」
吐き捨てるように土方は言い返す。
「私、約束守ってまだ神谷さんと懇ろになってないですよっ!」
「当たり前だ馬鹿!」
「同じ布団に入って、神谷さんが寂しがるから手を握って寝るだけじゃないですかっ!それとちょっとお休みのちゅーが入ったり、胸が苦しそうにしているから晒を緩めてあげたりっ!夫婦になるんだから当然の事じゃないですかっ!それなのに『近藤局長とお約束されたじゃないですか』って、毎回毎回制止されてっ!土方さんも男なら分かるでしょっ!愛しい人を前にして据え膳なんてっ!」
「その分一番隊の稽古が一番怪我人多いのはどういう事だろうなぁっ!」
「今度は私の指導方針にケチつけるつもりですかっ!?皆さんが巡察で怪我をしないように鍛えているだけなのにっ!」
「鍛えるにも、巡察に出られる人数減ってたら意味がねーだろうがっ!毎回他の隊の人間補充しやがって!」
土方は最近の総司の行動を思い出し、そしてその結果もたらされる被害と、その被害の回収を図る為に尻拭いをさせられる日々にぴくぴくと米神に筋が入る。
「しかも、神谷も稽古に関してはしっかり他の隊士と同等に扱っているのはいい!だがなっ!怪我した後お前が全部面倒見ると言って何処ぞへ連れて行くのも止めろっ!それを止める身にもなれっ!」
一瞬の隙をついて連れていかれたと一番隊から土方に報告が入り、屯所内を探し回ると、道着を半分以上脱がされていたセイと彼女に押し乗っていた総司をぎりぎりの所で発見し、事無きを得た。
それも一度ではなく、頻度は増し繰り返し行われている。
近藤絶対至上主義な総司の事だから一度取り決めた約束は守るであろうと信じてはいるが、流石に事を始めるかその一歩手前までは行こうとしている状態の彼に割り入る勇気は一番隊には無い。というか、本当に総司に殺されてしまう。
その結果土方を呼びに行くという決断をした一番隊の隊士たちは英断であると、土方は思った。
というか毎回怪我覚悟、命懸けで総司の暴走を止めてくれているだけ、彼の兄分として感謝しきれない。
しかし、問題の当人は少しも悪びれる様子無く、不満そうに土方を睨み付けている。
「そうっ!それですよっ!さっさと私と神谷さんの家を見つけてくれて、祝言を挙げさせてくれれば堂々と二人きりになれるのに!近藤先生との約束だから守りますけどっ!夫婦の触れ合いは大事なんですよ!夫婦になる前なら尚更!お互いに心変わりしないか不安な時期なんですよっ!近藤先生だって毎日朝まで運動されてるじゃないですかっ!どうして邪魔するんですかっ!?神谷さんだって可愛そうですよっ!」
先程から言葉の端々にセイを思ってのように総司は主張しているが、本当に可哀想なのか?と土方は抱き締められたままのセイを見ると、彼女は必死の形相で首を頻りに横に振っている。
その姿に、土方は大きく溜息を吐いた。
本当なら総司とセイの婚姻には何の問題も無い。
松本から本来女子であったセイの素性もお墨付きであるし、元直参の娘とは言え不安だと言うのなら何ならと彼自身から彼女の後見人を請け負うとまで言ってくれている。総司との身分には何の見劣りも無く、寧ろ見劣りするぐらいで、ありがたい。
セイ自身も総司に惚れている様子は、女子だと知った後では一目瞭然である。
しかし――。
突然何時の間にか螺子の壊れた総司の行動、というか最早蛮行というか、思い出したくない行動の数々を思い出し、土方は思わず身震いをした。
「……流石に今のままのお前に嫁すのは…気の毒というかな…」
ぽろりと呟いた言葉に、総司が激昂する。
「どういうことですかっ!?私が神谷さんにふさわしくないというんですかっ!?こんなに愛し合っているのにっ!神谷さんっ!駆け落ちしますかっ
!?」
「そうしたら新選組はどうするんですかっ!」
突然上がった総司からの提案に、驚いたセイが今度は反論する。
「毎日二人で通いましょう!」
「それは駆け落ちとは言いませんっ!」
「だって私は早く貴女と二人きりで過ごして、貴女のご飯毎日食べて、貴女と一緒にお風呂は行って、貴女と一緒に同じお布団で寝て、ずっと貴女と一緒にいたいんですー!」
総司はぎゅっとセイを強く抱き締めた。
本当にどうしたんだ?総司?
何悪いもの食べたんだ?
何があってそんなに神谷馬鹿になってしまったんだ?
2021,06,21