おきたてんてー?1

「神谷さん。やっぱり新居は一軒家がよいですよねぇ?」
「はい?」
のどかな昼下がり、いつものように縁側で日向ぼっこがてら米菓を摘んでいたセイと総司。
呟いた彼の言葉にセイは摘んでいた菓子をぽろりと床に零した。
「おやおや。神谷さん。落としましたよ」
「んっ!」
総司は何気無い仕草で床に置いてあった袋から新しい米菓を取り出すと、彼女の口に入れた。
指についた菓子にまぶされている塩を拭い取るように、セイの唇が触れたそのままに彼は口に含ませる。
「ちょっ!先生っ!?」
「花嫁衣裳の神谷さんを見るの楽しみだなぁ」
「はいっ!?」
「やっぱりお式は春ですよねぇ。だって春に出会った私たちですし、だったら結ばれるのも春ですよねぇ。何たって貴女には春が良く似合う」
もうすぐ来る日の事を思い浮かべているのか笑みを浮かべる総司は今まで一番幸せそうだ。
「ややっ!ちょっと待ってください!」
「ややもいいですねぇ。私としては五人は欲しいところですが、神谷さんは何人欲しいですか?」
「何人ってっ!」
「真っ赤になっちゃって可愛い」
「…っ!?」
耳まで真っ赤に染まるセイのその柔らかな頬にそっと触れると総司は濡れた唇に優しく口付けを送る。
愛しさを残すようにちゅっと音をたてて。
「子どもは大好物なのですぐにでも欲しいんですけど…暫くは二人でこうやって甘い時間過ごすのもいいですよねぇ…迷ってるんですよ…」
少し困ったように総司は微笑む。
「ちょっちょっと待ってくださいっ!」
「神谷さんもやっぱり不安ですよね?私も不安なんですよ…。お嫁さんもらうなんて生まれて初めてですし…いえ、貴女以外にもらうつもりなんて少しも無いんですけど…あ、今不安になりました?…もう焼餅焼きさんなんですから」
「そうじゃなくって!」
このままだと何処までも流されそうになるセイは少し声を荒げ、懸命に総司を引き止めた。
セイの必死な様子に、総司は何かあったのかと目を見開く。
何かあったのか。では無い。
「沖田先生……私がいつ先生の元へ嫁ぐというお話になったんですか?」
真剣な眼差しでそう問うと、総司は暫し見つめ返し、―――そして、柔らかくまた微笑んだ。
愛しいものを慈しむ眼差しで。
「やだなぁ。決まってるじゃないですか」
「いつですかっ!?」
見たことの無い己を包み込むような眼差しに、どっきゅんどころの話じゃなく、心臓が止まりそうなほどだが、止めてる場合ではない。
「…え?神谷さんったらやだなぁ。今更恥しくなっちゃったんですか?ずっと前から」
「ずっと前って…」
再度問い返すセイに、総司は彼女の鼻の頭をちょんと指で弾くと、今度は困ったように笑う。
「やっぱり不安になってきちゃったんですね。もう。そういう時はもっと前に言ってください。仮にも貴女の夫になるんですからちゃんと甘えてくださいよ。貴女の不安を拭うのも私の役目なんですからね。貴女自身が奪わないでください。いつも何でも一人で頑張ろうとするんですから」
――とってもとってもとーっても甘い台詞を、あの野暮天から次々繰り出されているが。
――このままでもいいかもしれない。と思ってしまうほど幸せになれる愛情を注がれているが。
――まず、話が噛み合わない。
「…あの、まず、お嫁さんって…私は武士で…男で…」
そう返すと、今更とばかりに総司は首をこてんと横に傾ける。
「もう近藤先生にも、土方さんにも許可を貰ってるじゃないですか。お嫁さんになっても神谷さんは武士として働きます~って。貴女の幸せを守るのが夫の私の役目ですからね」
「いつ!?」
「いつ……?ついこの間。近藤先生も土方さんも喜んで。ほらだから新居は一軒家がいいなぁって土方さんにお願いしたんですけど、見つけてくれますかねぇ」
「ちょっ!…私が女子だって事はっ!?」
「?……あぁ。大丈夫ですよ。ちゃんとそこは私も心得てますから。初夜はお式の後って」
少し頬を染めて、照れを隠すように瞼を伏せて総司は囁く。
「はいっ!?」
また話が飛んだ。のに、総司の語りは続く。
「…あ、もしかしてその前に欲しくなっちゃいました?それなら…それでも、私は構わないかなーって。近藤先生には止められてるんですけど。内緒でね。夫婦の秘め事の一つ目ですね」
そっと己の肩を引き寄せる総司に、セイは慌てて引き剥がすように彼の胸に手を当て引き剥がす。
「どういうっ!?」
「…もう、恥しがりやさんなんですからぁ。私も初めてで未熟ですけど、一生懸命神谷さんに喜んでもらえるように頑張りますよ」
そう熱を含んだ声が耳元から入り込んでくる。
気がつけば彼を制していた手は握られ、膝の上に抱えられている。
ずっと好きだった人に想いを寄せられて、囁かれて、触れられて、あまつさえ結縁まで。
正直このまま流されても全然いっかなーなくらいで。
幸せで幸せで鼻血を吹きそうなくらい堪らなく幸せなセイではあるが。
「沖田先生っ!どうされたんですか!?」
「どうもしてませんよ~。神谷さん。あ、もう言い慣れなきゃですよね。――こほん。…セイ。幸せになりましょうね」

何が何だか分かりませんっ!?
沖田先生がこわれたー!!

2021.06.21