刹那

「おはようございます。神谷さん」
「おはようございます。沖田先生」

朝、一番最初に出会う人が自分でよかった。

「沖田先生、おかわりは如何ですか?」
「はい!頂きます!」

誰よりも先に気が付ける、その距離の近さに何よりも幸せを感じる。

「神谷さんはもう少し、踏み込んだ方がいいんですよ。危険だけど、その分致命傷を相手に与えられる」
「沖田先生…これは近すぎませんか?」
「この位近付かなきゃ喉元狙えないでしょう」

貴方を守る術を自ら授けられるその充足感。
貴方から自らを守る術を自分だけに与えられるその高揚感。

「沖田先生!私は二階に上がります!」
「神谷さん!貴方は私の背後を守って下さい!」

私が貴方を守れる位置にいられる事。
私が貴方を守れる距離にいられる事。
大切な人が増えていく中で、大切な人を欺き続けても、それでも傍にいられる幸福感はもう手放す事が出来ない。

「沖田先生っ!また勝手に夕餉の摘み食いしましたね!」
「だって…お腹が空いてたんですもん。誰かさんが誰かさんのお仕事の手伝いばっかりして付き合ってくれないから…」
「副長のお手伝いは仕方が無いでしょう」
「ぶー。ぶー。土方さんばっかり神谷さん独り占めしてズルイー」
「…分かりました。明日お付き合いしますから。後少しで夕餉です。今日はこれで我慢してください」
「!こんぺいとう!神谷さん!もっと下さい!」
「副長に駄賃代わりに頂いたんです。子どもじゃないのに…」
「私は子ども扱いでもいいからもっと食べたいです!神谷さんばっかりずるい!」

素直に甘えられるその心の柔らかさに何度救われたか。
何の遠慮もなく甘えてくれるその表情に何度心満たされたか。

触れる掌。
伝わる熱。
零れ出る想いに、自然と互いに身を寄せる。

「…神谷さんあったかーい」
「沖田先生の方が熱いです…」
「子どもの体温だからですかね?」
「それを言うなら先生の方が子どもみたいじゃないですか」

けれど、この身の奥で震える感情を伝える事は出来ない。
それは、今ある全てが壊れてしまうから。
貴方とのこの距離も全て無に還ってしまうから。

「沖田先生…」
「神谷さん…」

伝えてしまえば…。
いっそこの想いを吐き出してしまえば…。
少しはこの熱が引くのだろうか…。

「おやすみなさいませ。沖田先生」
「おやすみなさい。神谷さん」

今はこのまま。
もう少しだけ幸せなこの距離でいたいから。
己の熱を下げるよりも。
傍にいられる事を選ぶ。

いつか、この想いを抱え込む事が出来なくなる日まで…。

2011.11.03