告白8

 セイを好きだと自覚する前から、セイが誰かと仲良くしている姿を見ると、無性に邪魔したくなった。
 セイを好きだと自覚してからは、セイが誰かと話している姿を見るだけで、胸の奥にどろどろとした靄が溜まっていった。
 自分だっていつも会話を交わす隊士が相手なだけなのに。
 時には相田や山口にさえ嫉妬した。
 いつだって自分が一番傍にいて、自分が誰よりも一番セイを独占しているくせに。
 それでも一瞬でも彼女の目に自分以外の誰か別の男が映っているのが嫌で仕方が無かった。
 浅ましい感情。
 セイは武士として新選組にいる。
 そしてセイが新選組に一隊士としているから、傍にいることが出来る。
 だから総司は己の想いに蓋をした。
 セイを想う気持ち全てに蓋をした。
 セイが自分の事を男として何とも思っていなくとも、セイが傍にいてくれるのなら、それだけで良かったのに。
 蓋をした想いはどうしてあんなにも呆気無く決壊してしまったのだろう。
 総司は何度も後悔せずにいられない。
 あの事が無ければ、今もセイの一番傍にいる存在は自分だったはずなのに。
 きっと。
「沖田先生」
 上役と部下としての関係でしかない、何処か距離を置いた声色でセイから呼ばれる己の名。
 顔を上げると、セイが少し言い出し辛そうに口を開き、こちらを見ていた。
「どうしましたか?」
 努めて冷静に返す総司に、セイはほっとしたのか、緊張した表情を緩める。
 総司の眉がぴくりと上がったが、彼女はそれに気付かないまま言葉を続けた。
「今日兄上が…斎藤先生が呑みに行かないかと誘ってくださったのですが…これからですと門限が…」
「間に合わないんですね。分かりました」
「ありがとうございます」
 その返答に、もう何日も見なかった笑顔をセイは久し振りに見せる。
 けれどそれは総司の為のものじゃない。
 気を許している斎藤を思っての笑顔だ。
「…ずっと私にも見せてくれていたのに…」
「は?」
 きょとんとして問い返すセイに総司は口篭る。
「行ってらっしゃい。呑みすぎちゃ駄目ですよ。斎藤さんにご迷惑をお掛けしてしまいますからね」
 誤魔化す様に、そう笑って返すと、セイは恥ずかしそうに頬を染め、頷くと、その場を去っていった。
 自分ではない、他の男の元へ行く惚れた少女の後姿を見守るのは辛い。
「…だから。私はフラレ男で、神谷さんはこんな私が嫌で避けてるんですから」
 そう自分に言い聞かせても。
 どろどろと自分の中に溜まってゆく嫉妬という名の黒い膿を抑える事は出来ない。
 こんな自分で、今、セイには笑顔を返せていただろうか。
 上司としての笑顔で。
 セイから距離を置かれるのはとてつもなく辛かったが、一方でありがたくも感じていた。
 彼女に振られる事で、それまで何処か夢心地だった恋情が一気にどす黒くて醜いものに変わってしまい、この何処までも無様な執着や嫉妬の渦巻いた感情を、一方的に彼女にぶつけずに済むのだから。
「きっと、今にまた、今まで通りになれるように頑張りますから」
 セイの事を好きだというこの想いもいつか昇華するから。
 セイにとって煩わしい存在にならないから。
「どうか。傍にいてください」
 呟いて、何処までも自分勝手な浅ましい感情に笑えた。
 今も黒い靄は溜まっていく。
 セイはもう斎藤と合流しただろうか。
 そう思い、きゅっと己の胸元を握り締める。
 セイへの恋情は抑えてみせる。
 いつも通り、前のように接するようになってみせる。
 彼女の為になるのなら幾らでも努力してみせる。
 けれど、だから、どうしても譲れない事がひとつだけあった。
「…ごめんなさい。神谷さんが誰を好きになったとしても、離隊を望んでも、私は、もう、神谷さんを離せないんです…」
 例え、斎藤が己の隊にセイを。と望み。
 セイがそれに応えたとしても。
 例え、斎藤がセイを嫁にと望む日が来ても。
 セイに嫌われたって。
 セイが想う相手に罵られたって。
 きっともう。
 セイを手放す事だけは出来ない。