『私が貴女を好きだからです!』
「…思ったより冷静だな…私…」
セイは未だ己の布団に戻らない、いつも隣で眠るはずの上司の布団を見つめた。
食事の時までは一緒にいた総司は、片付けた後、ふらりと一人何処かへ行ってしまった。
きっと土方の所だろうと思っている。
彼がセイと気まずくなった時に逃げ込む場所は大抵近藤か土方の部屋と決まっている。
しかし近藤は最近、夜は妾宅に過ごす様になっているから、自ずと、向かう場所は土方の部屋となる。
「嬉しいはずなんだけど…」
セイは己の胸を押さえ、そして、首を傾げた。
総司と出会ってから、己を武士だと男だと鼓舞し続けても、何度だって捕らわれた女子としての彼への恋心。
幾度だって。
もし彼と相愛になれたら。
もし恋心を抱かれ、想いを告げられたら。
そう想像しただけで、胸の鼓動は高鳴り、頬は熱くなる。
今だってそうだ。
彼を想い浮かべるだけで、自分の心臓はこんなにもはち切れそうになる。
それなのに。
実際告白をされたら。
その瞬間は少しも心が動く事は無かった。
「実はそれ程沖田先生の事好きじゃなかった?」
自分で自分を疑ってしまうほど、セイの心は少しも躍る事は無かった。
もっと喜んでもいいはずなのに。
実は本当に心の奥底では、総司のことをあまり好きではなかったのだろうか。
それとも、恋仲になれたらと想像し過ぎて、いざその場面を迎えても耐性が出来てしまったのだろうか。
ただ。
『…私はいつ死んでもいい。傷付いてもいい…。けれど貴方は駄目です。本当は巡察なんてさせたくないんです。傷なんて付けさせたくない。怖い思いなんてさせたくない。貴女は…貴女だけは死んでは駄目なんです…私が貴女に恋情を抱いているから。貴女には死んで欲しくない。ずっと傍にいて欲しいんです!』
そう言われた時襲ってきた虚無感の方がセイの心を圧倒的に占領した。
まるで自分自身の今までの生き方を全て否定されているようで。
武士として。男として。
新選組の一隊士として。
セイはこの二年間生き抜き、そして今がある。
その為の努力だってした。
女子の自分を捨て、それでいて、女子故の自分を認めた上で武士と生きる為に、何度も苦悩と決断を繰り返してきただろうか。
その為に選び取ったものと捨てたものは計り知れない。
それを、呆気無く否定された気がした。
誰よりも一番傍にいる事を望み、女子と知って尚一番傍にいる事を許してくれセイを見守ってくれていた総司に。
女子としてのセイだけを望む。
そう言われた気がした。
「…今更になって…」
それでもそれはセイの望みではない。
里乃にも昔嗾けられ、女子として恋人として妻としてそんな風になれるのなら、と思った事もあったが、それは最早無い。
死線にあるその時でさえも、彼の傍にいて彼を守る。
自分が傷付いたっていい。死んだっていい。
怖いものなんて何も無い。
総司さえ生きてくれれば。
ただ総司が己の望みのまま命を全うしてくれる。
その為の支えの一つとなれるのなら。
それだけでいいのだ。
それがセイの望み。
だから想いを告げられた時、どんな顔をすればいいのか分からなかった。
そんな風に彼にとって守られるべき存在として、女子として望まれるくらいなら。
それに応えて、今までの関係が崩れてしまうのなら、己の本当の想いは押し込めたまま、今まで通り武士として傍にいられる為の言葉をセイは咄嗟に選んだ。
今までにも何度も、もしかしたら己の彼に想いを知られたかもしれない、隊を辞めさせられるかもしれないと思った時に、平常を装いながら返した言葉のままに。
『沖田先生に沢山の感謝と、そして武士として誰よりも尊敬しております。――けれど、それ以上の感情は持っておりません。一方的な感情でそのように扱われるのは迷惑です』
それは嘘であり真。
気が付けば目尻から頬を伝い、布団を濡らす涙を見せまいと、総司の布団から眼を背けるように寝返りを打った。
想い人に好かれても、素直に受け止める事も、返す事も出来ない。
相思相愛であると分かったのに、通じ合えない辛さは、想いが通じなかった片恋の時よりも胸が痛い。
それではあの時、どう答えれば良かったのだろう。
女子としてしか己を映していない瞳に――。