「くぅぅっ!」
駆けつける総司の目の前で、セイは身を捩る。
それでもそれは己に今将に襲い掛かる刃を交わしきれるほどの距離を取れてはいなかった。
総司が大きく踏み出して刀を伸ばすが、どうやってもセイに振り下ろされる刀を弾き返す程には届かない。
「神谷さん!」
悲鳴に似た声を上げ、総司は祈るようにただ目の前の光景を瞳に焼き付ける。
ザシュッ!
衣が切り裂かれる音が響く。
ギギギギギギッ!
その衣の内に纏っていた鎖を容赦無く斬りつける際に生じた金属のぶつかり合う音が衣の裂く音に混ざり合う。
刃の衝撃に押されたセイの体は背を反らす様に傾き――。
ザリッ!
――そのまま倒れる。
誰もが思ったが、片足を一方後ろに下げ、踏み止まると、体制を戻した。
「はぁっ!」
セイが気合の声を上げる。
握っていた刀を対峙する男の脇腹目掛けて左右に大きく振った。
「!!」
目の前の男は声を上げる暇も無く、斬られた己の腹から吹き出す血をじっと見た。
まさか男も己の振るった一振りで決着が着き、自分が斬り返されるなんて思わなかったのだろう。
がくりと膝を突くと、目の前で同じく膝を突いて荒い息を吐くセイに訴えるように口を数回動かし、そして倒れた。
そして男の呼吸が止まるのに呼応するように、地面に大量の血が溢れる。
総司は目の前で起こった光景に呆然としていた。横にいる山口もだ。
セイは未だ荒い呼吸を繰り返し、目の前の男をじっと見つめる。
「神谷!」
総司の背後からセイを呼ぶ声とこちらに向かって足早に駆けつける音が聞こえてくる。
名を呼ぶ声は斎藤だろう。
総司は、はっと思考を取り戻すと、セイの元へ走り寄り、己の纏っていた羽織を肩に掛けてやる。
一直線に縦に切り裂かれた着物は左右に開き、刀傷の残った鎖とその奥に隠れる白い晒しが曝されていた。袴も結び目から切れ、役に立たなくなっており、立ち上がったらきっとそのまま腰から落ちてしまうだろう。
そんな彼女を総司はそっと己の腕の中に引き寄せると、ぎゅっと抱き締めた。
「…沖田先生…」
彼の名を呼ぶ温かい吐息が総司の耳に入り込む。
触れる体から伝わる熱が、鼓動が、上下する肩や胸元が、彼女が生きている事を彼に教えてくれ、総司は胸が詰まる想いを抑えるように、更に彼女を強く抱き締めた。
「沖田さんっ!?神谷!何処か斬られたのか!?」
駆けつけると既に息無く倒れている男の横で抱き合う総司とセイの光景に斎藤は息を飲み、未だ抱き締められているセイに声を掛けた。
「…いえ。大丈夫です。鎖を着込んでいたので…」
息苦しそうに答えるセイに斎藤はほっと息を吐き、今度は総司を睨み付けた。
「では。何故アンタはいつまでも神谷を抱き締め続けている」
「……」
総司は答えない。代わりにとばかりに山口が二人と斎藤の間に割り込むように立った。
「あの…神谷…着物を斬られて、沖田先生が手を放してしまうと全て肌蹴てしまうんです…」
だから総司が押さえてくれているのだ。
決してそれだけの理由ではない様子の二人だが、山口がそう告げると、納得していない表情の斎藤の後ろで彼を追っていた一番隊の隊士の一人が声を上げた。
「俺、どっか近くの家から着物借りてくる!」
そう言って一人が駆け出すと、斎藤の視界を更に遮る様に山口の横に相田が立った。
「斎藤先生。そういう理由ですから、申し訳ありませんが、神谷が新しい着物を着付けるまでの間、沖田先生の代わりに事後処理の采配と指示をお願いできませんでしょうか?」
「斎藤先生に全てをさせるのか!?一番隊!」
相田の提案に、三番隊隊士から声が上がる。
「神谷に真っ裸のまま歩けって言うのか?」
そう言って前方後方から一番隊全員に凄まれると、三番隊隊士たちは押し黙る。
唯の男ならそれもいいだろう。
武士としての矜持を察するのなら、着物を借りてくるまでの間セイを一人この場に残して、着付けた後合流させるのでも構わないだろう。
しかしセイの境遇は特殊だ。新選組の中では如身選を患っている事になっている。
着物が届くまでの間、こんな道の真ん中で裸でいるという屈辱。
そして女子の体になりつつあるその体を人前に曝すという屈辱。
武士としても男としても、もし同じ立場に立たされたのなら、決して耐えられるものではない。
その事に気付くと、総司の取っている行動にしても、相田の言動にしても何も言えず、三番隊隊士たちは来た道を渋々戻り始めた。
「斎藤先生も、まさか、神谷の裸が見たいとか言いませんよね」
額に青筋を立てにっこりと微笑みかける山口と相田、背後から不穏な気配と殺気を漂わせる他の一番隊隊士の気配に、斎藤は「…うむ」と止むを得ず、身を引いた。
(神谷は元々女子なのだからその黒ヒラメが傍にいようが俺が傍に一緒だろう!)
と言う、心の叫びは抑えたまま。