総司はかつてない程の心の軋みに、痛みが全身を駆け抜けた。
セイに拒絶をされた時以上に、ぎりぎりと締め付けるような痛みが彼を襲う。
斎藤に向けるセイの表情が――。
二人で連れ添って自分の元から去る事に――。
全身が震えた。
心の奥から湧き上がるのは怒り。
今までも他の隊士たちと接しているセイを見て、痛みを感じても、自分は振られたのだからと抑えていた。
けれど、何故か、今のこの状況だけは。
耐えられない。
斎藤に向けるセイの表情を見て、本能が自我に訴える。
セイに嫌われるのは仕方が無い。
しかし、己の嘗てあったセイとの距離と立ち居地を斎藤に奪われる事だけは許せない。
一歩足を踏み出しかけて、静止する。
自分が彼女を引き止めてもいいのだろうか。と。
けれど彼女は言ってくれた。
彼女が伝えたい事も、何を謝っていたのかも、半分も分からなかったけど、言ってくれた。
『私は沖田先生が好きです』と。
それは男として?
武士として?
分からないけど、女子としてのセイを身勝手に求めた総司を、彼女は好きだと言ってくれた。
彼女に『恋情』を告白した総司に対して、改めて『尊敬』の『好き』を告げる必要はないはず。
だったら彼らの間に割って入る権利もあるだろうか。
総司は姿が見えなくなる前に走り出し、二人の間を割るようにセイの手を取って引き寄せた。
「神谷さん!」
「わぁっ!?」
「清三郎!?」
咄嗟に倒れそうになるセイを支えようと伸ばされた斎藤の手を避けるように、総司はセイを自分の元へ引き寄せると、正面から彼女の瞳を覗き込んだ。
「沖田先生何すっ…!」
「神谷さんは私の事が好きなんですよね!」
「は?」
総司の必死の形相と、突然の行動に、セイは訳が分からずにぽかんとする。
「好きなんですよね!」
「…はい…」
改めて本人から問われると、これ程気恥ずかしいものは無い。
「男としてですか!?それとも前言ってたように武士としてですか!?」
「へ…あ…」
「どっちですか!?」
まさかそんな自分が今まで散々悩まされていた事を逆にこうもあっさり問われるとは思わず、セイは赤くなったまま、それでも自分が苦しんだように彼も苦しまない事を望み、口を開く。
「その答えを俺は今聞きたくないな」
言葉に発そうとしたセイの口を、彼女の背後から斎藤は塞いだ。
セイは斎藤が傍にいた事も忘れて、告白をしようとしていた自分に気付き、恥ずかしさに顔を赤くする。
しかしそれが総司には斎藤が彼女の唇に簡単に触れ、しかも触れられた事が恥ずかしくてセイが頬を赤く染めているようにしか見えない総司の怒りは更に高まった。
「アンタは振られ男だろう?」
「振られてません!振られたと思ったけど違うって言ってくれました!」
「けれど男として見られているか自信が無いのだろう」
「っ!」
「相愛でなければ、想いを確認しなければ、懸想する相手の隣にいる男に嫉妬も出来ないし、奪えもしない男は相手に出来んな」
「――!」
「しかも想う相手にどう想われているかも気付けない男になら尚更な」
斎藤の容赦の無い指摘にそれまでセイの腕を掴んでいた王子の手の力は弱くなり、するりと離れると、セイは斎藤の胸元へ引き寄せられた。