告白15

「私、沖田先生が好きです」

「……」
セイは今、何と言っただろうか。
総司の思考は追いつかず呆然したまま、目の前で頬を染め、花が咲き零れたような愛らしい笑顔を見せる少女を見つめた。
もうずっと長い事彼女のそんな笑顔を見ていなかった。
告白したあの日から、何処か余所余所しくなり、最低限の事しか自分に接してこなかったセイ。
自分勝手な気持ちを一方的に押し付けられて嫌になったのではないのか。
だから距離を置き、寝る時も鎖帷子をつけ、総司に対して男として警戒するようになったのではないのか。
それも全て、セイは武士だからと認めた上でこの隊に置いておきながら、その実、身勝手にも少女に恋慕し、勝手な願いを吐露した自分自身に対する罰だと思って、どんなにつれない態度を取られてもじっと耐えてきた。
今の今までその中に身を置いてきた総司は、改めて自覚するだけで胸が痛む。
ずっとじくじくと己を蝕んできた痛みが広がる。
だからこそ少女の言葉が、行動が、総司の中で繋がらなかった。
そんな混沌とした思考に呑まれていると気付かないセイは微笑んだまま言葉を続けた。
「沖田先生のお気持ちが嬉しかったです」
「え…じゃあ…」
総司は虚ろな思考のまま思わず声が漏れる。
「あ!その!先生が私の事を好きだといってくださったが嬉しくて、その、でも、私は武士としていたくて!だから!」
「?」
慌てて弁明を始めるセイの言葉の意図が分からず、総司は首を傾げる。
「神谷さんは武士ですよ?」
するりと返す言葉に、セイは何を驚くのか目を見開き、そしてまた嬉しさを噛み締めるように笑みを零す。
「あの…でも…傷ついて欲しくないって…」
「だって…隊士が傷ついたら凹みますけど、殊更愛しい人には傷を作って欲しくないでしょう?何度思い出しても恥ずべき事を言いました。神谷さんは武士として隊にいるのに」
「……」
「ただ…あの日、貴方が目の前で死んでしまうかと思ったら、私の前から消えてしまうのかと思ったら、…怖くて堪らなかったんです」
何度思い出してみても勝手な願いだ。
それでもあのときの想いも、願いも、総司の本心。
だから恥じ入り、そして、男として彼を受け入れてくれるかもという多少の期待は無かった訳ではないが、セイの返答も当然のものとして受け止めた。
どんっ。
突然体に衝撃が走る。
腰に重みを感じて見下ろすと、セイの旋毛が目に入った。
セイに抱きつかれている。
何故。
またセイの予測不能、理由不能の行動に、戸惑ってしまう。
いつぶりかに己の胸に収まる小さい体から仄かに香る、彼女だけの甘い香りが、耐性の無くなった総司の中枢を刺激する。
「かみやっ…!」
「沖田先生はいつも言葉が足りないんです!」
「はいっ!ごめんなさいっ!…?」
セイの叱咤に反射的に謝罪するが理由が分からない。
「でも…私もヒドイ事一杯言ったし、しました。ごめんんさい…」
「…神谷さん…?」
「…許して下さい…」
「神谷!」
抱きついたまま怒りそして謝るセイがどんな表情をしているのか知りたくて、総司が顔を覗こうと彼女の肩に手をかけようとするとすると同時に、セイの背後から声がかかった。
その声に反応してセイは総司からぱっと身を離し、そして振り返ってから声をかけた人物を確認すると、透かさず駆け寄っていく。
「斎藤先生!」
総司が彼女に触れようとした手は宙を彷徨ったまま、今まで彼の胸の中にあった温もりの余韻だけがそこに残る。
顔を上げると恥ずかしそうに頬を染めて斎藤に笑いかけるセイの姿が目に入った。
「――」
自分には辛そうな顔を見せたり、泣いたりするのに、斎藤に対しては笑いかけるのか。
しかも、彼女の表情は今まで二人でいるところを見てきて、斎藤には一度も見せた事の無い笑顔を見せている。
信頼だけじゃない。
親近感だけじゃない。
今まであった武士としてだけじゃない。
柔らかな。
――女子らしい甘い表情。
それを惜しみなく彼に見せている。
(あんな表情今まで貴方見せた事無いじゃないですか)
ぎりり。とした軋みが総司の心で音を立てる。
総司の中でずっと鈍い音を立て続けていた軋みが彼女に接し、彼女に触れる事で少しずつ柔らかくなっていたのに、それが一気にまた一層激しい軋みに変わった。
最近癖になりつつある、手を胸に押し当て、痛みにぎゅっと堪える動作を取るが、そんなものでは抑えきれない。
斎藤と数言言葉を交わしていたセイは総司を振り返ると、少し首を傾げながらも一礼をする。
そして。
斎藤と連れ立ってその場を去ろうとした――。