告白11

『私は沖田先生の一番近くで、沖田先生をお守りできればそれでいいんです』

斎藤は目の前で竹刀を交わす二人を見つめ、先日セイが呟いた言葉を思い出していた。

いつもより多目の酒量にも関わらず、珍しくトラにもならず、それでいて想いの全てを吐露する事もせず、自制をしながらも愚痴を零すセイの言葉に、彼はただ耳を傾けていた。
総司から何があったのかは聞いている。
セイが女子である事を知っている。
きっと今その事を、斎藤がセイに囁いてやれば、もしかしたら彼女も心の底からの想いを吐露出来たのかも知れなかったが、彼女が自分から言い出さない事を彼が促して口にするよう仕向けてやる必要を感じなかったし、そこまでセイを甘やかしてやろうとは思わない。
そして、彼女が総司を想いながらも彼の告白を受け入れなかった理由も分からなかったからから、その場ではただ聞いてやる事にした。
ただ野暮天な総司はきっとセイの想いを察しない告白をし、そして言葉足らずに彼女を望んだ。
その結果、彼女は彼と距離を置いたのだ。
それだけは伝わってきた。
だから斎藤は囁いた。
何も問わず、何も語ろうとしない彼女の心を察しながら。
己の想いを。彼女を今ある彼女のまま全てを望むと。
それで彼女の心が自分の方に傾くのなら好都合だ。
心尽くした言葉を掛けてくれる斎藤に、セイは頬を染め、嬉しそうに微笑む。
今までに彼に見せた事のない笑みを見せた。
「――」
斎藤もそれには思わず息を飲んだ。
それは恐らく今までは総司にしか見せてこなかった表情。
きっとあの野暮天はそれさえも気づいていなかっただろうけれど。
そんな本当に特別な相手だけに見せてきただろう笑みを、初めて享受できた斎藤の心は高鳴った。
もしかしたら、ついに総司以外で初めて彼女に男として意識されたかもしれないと。
次にくるセイの言葉に、自然と期待した。
セイは嬉しそうに斎藤を見つめ、口を開く。
「斎藤先生。凄く嬉しいです。ありがとうございます」
頬を紅潮させ、微笑む彼女は花なんかでは表現出来ない程綺麗だった。
思わず猪口を持たない反対側の掌で握り拳を作る。
斎藤の頬も思わず紅潮してしまう。
余りの眩しさに目を逸らしてしまいそうになるが、二度と見ることが出来ないかも知れない笑顔から逃れるのは勿体無さ過ぎて、無意識に逸らそうとする視線を彼女の表情を焼き付ける為に必死で抑えた。
「…沖田先生にもそんな風に言ってもらえたらどれだけ嬉しいか」
しかしそんな葛藤をしていた彼に気付く筈も無く続けられた彼女の言葉に、(やっぱり沖田なのか!?)と一瞬にして天にまで舞い上がっていた感情は地の底まで落ちる。
「そんな風に期待して、また私が勝手に落ち込んでいたんです。馬鹿ですよねぇ。毎回毎回懲りないというか」
笑いながら眦に涙を浮かべるセイの表情にはもう先程のような無邪気な笑顔はない。無理をして作る笑顔に変わった。
彼の前でいつも一番多く見せる表情だ。
腹の奥で渦巻くどろどろとした感情――それがセイに向けられているものなのか、総司に向けられているものなのか、それとも自分に向けてのものなのか分からない――を抑えながら震えそうになる指先を抑えながら、冷静を努める様に斎藤は猪口の酒を口に含んだ。
「またあの野暮天が何か言ったのか?」
己の激情を抑えたまま問う斎藤に、セイは暫し黙り込み、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「…はい。でも私の気持ちは決まっているんです」
「そうか」
斎藤が顔を上げると、そこにはもう迷いは無く、いつもの凛とした眼差しを湛えた武士の神谷清三郎が彼を見据えていた。
「私は今まで通り先生のお傍にいられればそれでいいんです。それが先生の望む形と違ったとしても、己の気持ちを先生に伝える事が無くても、例え嘘を吐いてでも、それでも、どんな形でも武士として沖田先生のお傍にいる事ができれば」
「――何か吹っ切れたようだな」
そう斎藤が言うと、セイは「はい!」と力強く答える。
「私は沖田先生の一番近くで、沖田先生をお守りできればそれでいいんです」

斎藤は今も目の前で嬉しそうに総司の一振りを受け止めるセイに――深く溜息を落とした。