朝稽古の時間は終わり、がらんと空いた道場から響く気合の声。
間隔置くことなくぶつかり合う竹刀の音が、交差する竹刀の衝撃を表していた。
昼餉まであと少し、時間の空いた総司は稽古着に着替え、一汗かこうかと道場の入口に入ったところで、中から聞こえてくる打ち合いの音に足を止めた。
少し戸惑い、中で今も激しく打ち合う人物に気付かれぬように気配を消してこっそり覗くと、すぐに身を引き、そして道場を出た。
気付けば浅くなっていた呼吸に気付き、大きく息を吸うと、静かにそして己を宥める様にゆっくりと吐き出す。
中で打ち合っているのはセイと斎藤だった。
最近二人は一緒にいる事が多い。
食事の時や寝る時、巡察の時など、セイと一緒にいる時間は今も総司の方が圧倒的に多いが、それ以外の自由時間、任務としている以外の時間は斎藤と一緒にいる時間の方が多くなっていた。
「またあの二人一緒にいるんですか」
「わぁっ!」
にょきっと物陰から現れる相田に、総司は声を上げる。
「あの日呑みに行ってから明らかに一緒にいる事が多くなりましたよね。あの二人」
相田の後ろから山口が現れる。
「何かあったに決まってる」
「斎藤先生が何かしたのか?」
「神谷もまんざらじゃない様子なんだよな」
「やっぱりこの間行くの止めるべきだったんですよ」
「このままじゃ神谷の奴、三番隊に移りたいとか言い出しかねないぞ!」
「いや。まだそこまでの仲にはなっていないはずだ。俺のカンでは」
「お前の勘が当てになるか!けどどうするんです?このままじゃ神谷取られちゃいますよ」
「いいんですか?それでも」
「駄目だろう!そんな事俺が許さん!」
『どうするんですか!沖田先生!!』
相田、山口に続き、彼らの後ろから次々にわらわらと現れる一番隊隊士たちに総司は唖然とし、途中から傍観者として彼らの主張を呆然と聞いていた彼は、隊士たちが一斉に時分を見た時になってやっと、はっと自分の事を指摘されているのだと気が付き、我に返った。
「ど…どうするって…それより皆さんどうしてここにいるんですか!?」
「沖田先生が不甲斐無いからでしょう!」
ぐさり。
それはその通りなのかも知れないが、直球の言葉に総司は凹む。
「大体先生、この間何やったんですか!?お互いに余所余所しいし!いつもの喧嘩なら仕方が無いと思って見守ってたら、いつの間にか神谷を斎藤先生なんかに取られてるし!」
ぐさぐさり。
「…色々あったんです…」
「色々って何すか!?神谷取られていい位に意地張るものですか!?」
小さい声の精一杯の反論に、すかさず相田が食いかかる。
「う…うぅ…」
「あれだけ神谷を大事にしてて、それで今更手放せるんですか!?」
「喧嘩なら早く仲直りしないと念友解消されちゃいますよ!」
「沖田先生、普段タラシなくせにこういう時だけ言葉足りないんですから!」
「惚れてるから傍を離れないでくれ!これですよ!これを言えばいいんですよ!」
「ここに書き付けますから!ほら!この紙見て言ってください!」
捲くし立てられる言葉に、手渡された手紙に総司は困惑気味に彼らを見る。
「…どうして皆さんそんなに私の為にしてくれるんですか…?」
「沖田先生は神谷がいないと駄目なんですから!いい加減自覚してください!」
ぐさ。
「…わ…私だって…神谷さんがいなくたって…」
「無理です!神谷がいないと沖田先生は生きていけません!」
涙目になってどうにか言い返すが、あっさりと否定される。
「大体ここまできて神谷を斎藤先生に取られるのも腹立ちます!」
握り拳を作り、その場にいる隊士全員に断言され見つめられると、それ以上総司は何も言えなかった。
彼らの剣幕に押されてもあったが、一方で総司自身も彼らの言葉に反論できる言葉が一つも出て来なかった事もある。
どれだけ言い訳しようとも、その通りだと己で既に認めている事を再度突きつけられただけだったからだ。
「何してるんだ。あんたたちは」
呆れ声が総司の背後からかかり、振り返ると道場の入口を塞ぐ、総司の後ろに斎藤とセイが立っていた。
「どうしたんですか?皆して…」
呆れ顔の斎藤と、不思議そうにこちらを見るセイに総司はちくりと胸に痛みを覚えるが、それを少しも見せぬように微笑む。
「何でもないですよ」
「そうですか?」
首を捻るセイに総司は言葉を続ける。
「もう、稽古は終わりですか?」
「…いえ。入口で声がしたので何事かなと思って」
「あんたたちがあまりに大きな声で何かを言い合ってるから集中力が途切れたんだ」
困り顔のセイに、斎藤が言葉を足す。
「じゃあまだ続けます?だったら私も混ぜてもらっていいですか?」
「え?」
「最近、斎藤さんに個人的に稽古を付けて貰っているのを知ってるんですよ。斎藤さんは私と違って教え方が上手いですからね。普段の隊の稽古だと手合わせする時間は限られてますし、改めて手合わせしてみたいんですけど、嫌ですか?」
「本当ですか!?」
驚いて目を見開いていたセイは徐々に表情を明るくし、嬉しそうに声を上げた。
その反応に逆に総司は驚いた。
もしかしたら断られるかと思っていたからだ。
だからセイが、総司が告白する以前のようにまた心の底から喜びを感じている笑顔を見せる彼女の心情が理解できない。
けれど久し振りに時分に向けて見せたその表情は、総司の心を満たした。