風桜~かぜはな~2-9

自分にも何かできるかもしれないというセイの矜持をズタズタにし、その擁護も少しもせず帰った総司に玄庵は苛立っていたが、当のセイは落ち込んでいたように見えたが、総司の姿が消えてすぐに顔を上げ、暴れだした。
「何なの!あのクロヒラメっ!分かってるよ!どうせ私は武士じゃないですよ!人を斬る覚悟も無いですよ!でも私だって何かしたいって思ったっていいじゃない!自分の身を守る為だけの剣術だって他人の為に生かせるならいいじゃん!無理しないもん!被害に遭った人に直接会って話を聞いたら自分も何かしてあげたくなるってのが人情じゃん!クソヒラメ!」
暴れだすセイに玄庵はほっとしたりもしたが、やはり自分も捕り物をしたいと言い出すのではないかと心配していたが、その日以降、セイがその話をする事は無かった。
そして新選組が犯人を見つけ、捕り物が無事終わった数日後、あんな事があったのにそれも全て忘れたかのようにケロリとした顔で現れた総司に玄庵は殴りつけたい衝動に駆られたが、セイは彼の姿を見ると一目散に駆けつけた。
「先日は申し訳ありませんでした!」
総司の前に立つと深々と頭を下げるセイに周囲の者がどよめく。
彼女自身の行動に驚いたと言うより、『何コラおセイちゃんに頭下げさせとるんじゃワレ』という周囲の射すような視線に耐えられず、総司は慌ててセイの肩を掴むと、彼女に頭を上げさせた。
「その事はもういいですよ」
「いいえ!私が間違ってました!武士でも無いのに、剣豪の沖田先生に剣術を習っている自分ならどうにかできるかもしれないって驕りにも程がありました!」
その言葉に横で聞いていた玄庵は感心した。
あれだけ憤慨しながらも実は深く反省していたのだと。
確かにセイの気性を考えれば、一度感情のまま怒りをぶつけた後に、己を省みて反省する事、そうして真実を見つける事はよくある。
あの時総司が何の擁護の声をかけずに帰った事で、セイはセイなりに考え、反省していたのだ。
だから捕り物で新選組が動いた時も騒ぐかと思っていたが、彼女はいつも通り診療の手伝いに当たっていた。
「気にしないでください」
「いいえ!本当に申し訳ありませんでした!」
再び深く頭を垂れ、頭を上げないセイに総司はぽりぽりと頬を掻くと、少し屈み、膝上で重ねられた彼女の両手を取った。
「私は貴女には命を生かす人であって欲しいんです。貴女はそこらの武士よりもずっと武士としての矜持を持っていると思います。けれど私は貴女に人を斬る覚悟を持った武士になって欲しくないんです。命を生かす覚悟を持った武士になって欲しい」
「命を生かす…武士ですか…?」
「はい」
総司は果たし合いの後、セイを女子として扱わない。
勿論どうしても性別上での身体的差はある。そして恋仲でもあるのだから恋情を持って触れる時は女子として触れる。しかしそれ以外、どんな時でも総司はセイを対等に扱う。
女子だからと言う侮りも、甘さも無い。
だからこそ、優しい言葉をかける事も無く、真っ向から想いを言葉をぶつける。
セイはそんな総司だからこそ真っ直ぐに彼の言葉を受け止め、考えるのだ。
だからその分、彼が自分を認めてくれた時は何よりもの喜びに変わる。
「武士……でいいんですか?」
「女子で武士だなんて、セイちゃんは本当に凄すぎます」
笑う総司に、セイは涙を零し、抱きついた。
「えぇっ!?セイちゃんっ!?」
「沖田先生は優し過ぎます!」
それまで黙って二人のやり取りを見つめていた周囲の者たちは、ぎゅうっとしがみ付くセイに、何のことやら分からないが取り敢えず剣呑な空気が和んだのを感じて、それまで張っていた緊張を解き、反転して冷やかし始めた。
玄庵はそんな彼らを見つめていた。

「祐馬の言う事も、私の言う事もきっとセイには聞かないだろう。だがな。沖田先生の言う事ならちゃんと考えて、そして素直に聞くんだ」
悔しいが祐馬が幾ら諭しても、きっとセイは言う事を聞かず、仕舞には捕り物に駆けつけていただろう。
どうしても兄妹であるが故、可愛い妹に強く言えないのは祐馬も自覚していた。
どれだけ命に関わると言っても女子だからと言う、庇護する対象としての感情が先に立ち、異性故言葉尻が甘くなってしまう。きっと玄庵もそうだろう。
セイは聡い。そんな感情を一瞬で見抜き、だからこそ反発する。
けれど総司は違う。
女子としてセイを好いていても、常に真っ向から対峙し、彼女を諭す。
だからこそ、セイも真っ直ぐ受け止めるのだ。
きっとそれは斎藤にだって出来ない。
母親が生きていれば、きっとまた違ったのだろうけれど。
「あのじゃじゃ馬の手綱を引けるのは沖田先生くらいだと思ったんだ。沖田先生ならセイをありのまま受け止めてくれて、守り、そして幸せにしてくれる。と」
そんな玄庵の呟きを思い出しながら、祐馬は手入れをし終えた刀を苛々と鞘に納めた。
「父上が認めたと言うのに。あの男は!」
玄庵の言葉を聞いて、自分も認めざるをえないと思ったのに。
セイを沖田先生の嫁に貰ってもらおうと、やっと覚悟を決めたのに。