風桜~かぜはな~2-4

いつも南部が近藤及び土方へ隊士たちの病状の報告に行っている間持て余す時間を、屯所内にいる間で唯一二人だけの時間を過ごす。
セイは自分も報告に同席したいと願い出たが、「半人前の報告を聞いてやる程暇じゃねぇっ!」という土方の一言と、「総司は暇だとすぐ報告の途中でも邪魔しに来るから見張っててくれ」という近藤の頼みに渋々引いた。
休憩は休憩、仕事は仕事で割り切る恋人たちの為に体裁を整えた二人だけの時間を与えてくれている計らいだと言う事には薄々気付いていたので総司とセイは甘える事にして暫しの時間を二人で過ごす。
セイが若衆姿のままでいる事に最初の頃こそ違和感を感じていたが、今ではすっかり慣れてしまい、外で会う時と同じようにのんびりと過ごす。二人で過ごす時に欠かせない菓子は、その時によって総司が用意したり、セイが持参してきたりして、時に隊士たちに声をかけられたり、原田や永倉が冷やかしに着たりもするが大抵は二人きりで過ごしていた。
「いつも思うんですけど、やっぱり隊士の皆さん普段から鍛えてるだけあって傷の治りが早いですよね!」
茶を啜りながらセイは楽しそうに笑い、総司も茶請けの干菓子を摘みながら相槌を打つ。
「そうですねぇ。本当は怪我してくれない方が一番いいんでしょうけど、流石にそうはいきませんからね」
「沖田先生程強くなれって言ったって早々なれませんよ!」
まるで自分の事のように誇らしげに言うセイに総司は笑ってしまう。
「その私から一本取ったのは誰したっけ?」
「そっ…それは忘れて下さい!」
「忘れたら、貴女今度からここに来れなくなっちゃいますけど」
「それは困ります!」
いつかの果し合いを思い出し、意地悪を言う総司にセイは顔を赤くするが、すぐに続けられた言葉に今度は焦りを見せ、総司はそのくるくる変わる表情が面白くて笑ってしまった。
「もー。先生の意地悪ー」
ぷくっと膨れるとそっぽを向いて、セイはまた手の中の茶を啜った。
「可愛いなぁ」
総司が溜息と共に漏らした呟きにセイは振り返りはしなかったが、彼女の耳はみるみる赤くなっていった。
その分かり易い態度がまた可愛い。
むずむずとしたこそばゆい感情が総司を駆り立てる。
触れたい。
その頬に、肌に、耳に。
抱きしめたい。
その熱を、鼓動を、呼吸を。
振り向かせたい。
その真っ直ぐな眼差しに己だけを映したい。
じりjりいと湧きがる感情を宥めながら、総司はじっと身を硬くする。
そうでもしないと今この場で彼女に無体を働いてしまいそうだからだ。
嫁に欲しいと願った。
セイに傍にいて欲しいと。
そう心に決めたとき、それまで守り続けていた生涯不犯の誓いも破る事を決めた。
それを違えてでも彼女が欲しいと気付いたからだ。
彼女が傍にいたいと言ってくれた時、自分でも気付かなかったが、固くなっていた心が柔らかく変化した。
己をこんなにも己自身で縛り付けていたのだと気付いた。
自分を縛り続けることが武士として正しいと思っていた己の器の小ささに愕然とした。
今は違う。
気付かせてくれたのも、乗り越える力をくれたのもセイだ。
日に日に想いは増す。
彼女無しでこの先生きていけるのかと不安になる程に。
だからこそ彼女は自分が守ると決めた。
しかし、日に日に増す想いは劣情も比例するようで。
今までその手の興味が薄かったのもあるが、敢えて見ぬ振りしてきた分、初めて抱く恋情に連動して膨らむ欲望は加速した。
「はぁ…」
今の総司には溜息と共に吐き出すしか方法が浮かばなかった。

彼女の全てを抱きしめるのは、お嫁さんに貰ってから。
彼女の父親に、兄にきちんとした承諾を受けてから。
それが彼女と幸せになるまず初めの一歩。
夫婦になると決めた時、そう決めた。

「…我慢しきれるかしら」
「何がですか?」
何も気付かないセイは総司の呟きに首を捻る。
「貴女を早くお嫁さんに欲しいと言う話ですよ」
今できる精一杯の笑みで微笑むと、セイは頬を赤く染めた。