総司はセイが斎藤に全て奪われていないと知って、酷く安心した。
それでも自分より先に、セイの女子の部分に触れている場所があると思うと彼が憎かったが、それよりも、セイが、斎藤が彼女に触れようとした事に対して、その事が彼女に彼女自身が総司以外の人間が触れる事は嫌なのだと自覚させる為にした事だと言う彼の主張を信じているのが腹立たしくて堪らなかった。
そんな訳が無いだろう。
斎藤がセイに抱いている感情は、目に見えて分かるし、現実に何度も総司から奪おうとした。
その度に阻止してきたが、彼女自身少しもその事に自覚せずに、首筋に痕を残され乳を触られたこの期に及んでまだそんな事を言うのかと思うと腹立たしかった。
それでも。
「…私になら触られてもいいんですよね?」
総司が再確認するように尋ねると、セイは顔を上げ、頬を紅潮させながらも答えた。
「…はい」
すっとセイの首筋に触れ、そして、そこから襟元を少し開くように手を差し入れると、柔らかになぞる様に触れる。その感触に彼女は体を震わせながらも、逃げずに、ただ、総司を見つめていた。
そこには、あの日の斎藤と同じ何処か熱の篭った表情で、それでいて、今までに彼女が見たことの無い暗い炎が宿る瞳が、セイの瞳に映り込む。
「私も男ですよ」
「…存じております」
「私は…斎藤さんのように綺麗事を言える程自分を自制できませんよ?」
「―――」
「一度貴女に触れたら止まらないし、止められない」
こくり。
触れた指先から、首筋を伝う脈や、緊張に息を飲む振動が伝わってくる。
総司は少し身を屈め、ずっと自分を見据えたまま逃げない瞳をじっと見つめると、ふと笑った。
「無理しないでください。怖かったんでしょう?」
セイがまだ総司を思ってくれている事はよく分かった。
本当は今すぐにでも抱きたい。
けれどやはり気丈に自分を見返しているが何処か男に対して怯えているセイの瞳の奥の揺らぎを見たら無理強いは出来ない。
何度衝動に駆られても押し倒せなかった理由が、この期に及んでも総司を抑えさせる。
結局彼女が大切だからもう一押し出来ないのだ。
そんな風に思い至り、笑う総司にセイは目を見開くと、口元を歪め、それまで恐怖を我慢し続ける為に張り詰めていた琴線が緩んでしまったのか、堰を切ったように涙を零し始めた。
「…こ…こわかった…です…屯所で隊士たちに襲われた時よりもこわかった…。無体をされるなら抵抗できます…けど…兄上だから……自分で斎藤先生の嫁になると言った以上…逃げられなくって…でも…触れられるの怖くて…怖くて……」
己の内にあった恐怖を矜持で律していたのだろう。
総司を裏切りながらも一度は自身で選択をしたという責任感の為か、それとも矜持の為か、理性で必死に律していたのだろうけれど、総司の優しさに触れ、己の中で抑えていた感情が抑えきれず零れ落ちていた。
何も聞かない。そう約束した。けれど、彼女の反応、零れる感情、言葉、それだけで、斎藤とセイの間に何があったのか、察しがつく。
顔を歪め、ぼろぼろと涙を零して嗚咽し始める彼女に、総司は溜息を吐くと共に、初めて、少しだけ斎藤に同情した。
彼女は何処までも素直だ。
きっといざという時も、こんな風に口に出さずとも、全身で彼を拒絶したのだろう。
嫁になると甘い誘惑をされながら、実際に男女の触れ合いになると激しく拒絶を示す。
同じ立場だったらと思うと、男として、どれだけ身を切られる思いをする事か。
一方でそんな彼に対して嫉妬心が薄まり、優越感が膨らんでくる。
結局彼女は総司しか見ていないのだ。という。
「――あと、何処を触れられました?」
そう言って触れたままの襟をそのまま緩めると、痕の残っている鎖骨をなぞる。
「胸と…そこと…」
セイが示す場所を一つ一つなぞると総司は斎藤の触れた場所を上から消すように口付けを落とし、ちゅっと吸い付く。
消えかかっていた赤い痕を、もう一度鮮やかに咲かせていく。
その度にセイはぴくりと振るえ、そして何処か嬉しそうに息を吐いた。
ひとつ。ふたつ。
花がまた咲く。
薄くなった傷跡が、花弁に変わる。
「ここは触れられてませんか?」
そう言うと、総司は甘く息を吐く赤い唇に触れた。
誰でも、まず何よりも先に触れたいと望む場所。
あの日は、総司以外に触れさせていないと言っていたが、今もそうとは限らない。
しかしセイは、はっきりと答えた。
「沖田先生だけです」
その返答に満足して笑みを零すと、そっとその唇に己の唇を重ねた。
セイの吐息が甘く総司の中に入ってくる。
そのまま彼女の腰に手を回し、抱き寄せると、深く口付けた。
「愛してますよ。セイ」
少しだけ唇を離すと、そう囁き、やっといつもの無邪気な、それでいて大輪の花――そう、向日葵の様な鮮やかで眩しい笑顔をセイは見せる。
「お嫁さんになってください」
「はい!」
真っ直ぐ自分の胸に飛び込んでくるセイを、もう一度、強く抱き締めた。
もっと深く、愛し合う為に――。