「全く。沖田先生も懲りないですよね。今日もまた家に押しかけて来たのでしょう?」
夕食時。
最近屯所で食事を取る事が多くなっていた祐馬は、久し振りの非番に事前に総司に許可を貰い、夕食を自宅でとっていた。
勿論久し振りの家族三人揃っての夕餉にセイは張り切って食事を作り、普段の倍以上の士料理が膳の上に並んでいた。
しかもどれも祐馬の好物ばかりだ。
食事に好き嫌いの無い祐馬であるが、屯所の厨は京の人間を雇って作らせている為、自然と出される食事も京風の素材を生かした味付けのものが多く、自宅に帰ればセイの江戸風の濃い目の味付けとなり、慣れた料理に食が進んだ。
セイは祐馬の隣で彼のご飯のお代わりをよそいながら頬を膨らませる。
「折角沖田先生もご一緒に如何ですかって誘ったのに、久し振りの家族水入らずの夕餉だろうから邪魔はできません。って気を遣ってくださって。お昼に遊びに来て下さった時もお持ち下さった菓子を食べたらさっさと帰ってしまわれたんですよ」
「普通土産として持ってきた菓子を家主と一緒に食べるというのもどうかと思うんだが」
「私がお誘いしたんです!もう!兄上はどうして沖田先生にそんなに厳しいんですか!」
ぷりぷりと起こりながらも、しっかりとご飯を山盛りにしてくれた茶碗を受け取りながら、祐馬は口篭ってしまった。
「…べ…別に厳しくは無いだろう。入隊した当初から指導して頂いたお陰で、格段に剣術の腕が上がった事には感謝してもしきれないし、あのいつもどんな時でも飄々として動じずひたすら武士として己を律されていて、近藤局長に命を捧げていらっしゃる姿や覚悟もまだ自分には到底及びもしない。誰よりも尊敬している」
口篭りながらも、それでも祐馬は武士として己の所属する隊の上司として尊敬して止まない心内を素直に吐露すると、セイは表情を明るくし、満面の笑みを浮かべた。
「兄上も尊敬されているんじゃないですか!やっぱり凄いです!沖田先生!」
「けどな!それと、お前の元にいつも来る事を認めるのは別の事だ!」
「どうしてですか!どちらも沖田先生なのに!」
「沖田先生はいつも笑顔を浮かべていてもどれだけ武士として己を律されているかは見れば分かる!なのにな!」
セイの言葉に反論し、思わず口走りそうになった言葉を、祐馬は慌てて飲み込んだ。
「なのに?何ですか?」
また総司を批判する祐馬に憮然としながらも、セイは彼が発そうとした言葉の続きを促す。
「…何でも無い…」
「兄上」
続きを求めるセイの問いを無視して。祐馬は手に乗せたままの冷め始めたご飯を口の中に掻き入れた。
お前と接する時だけは武士である事から解放されたように穏やかな、何処までも気を許したような笑顔を向けるのだ。
まるで近藤や土方、試衛館の頃から共に過ごしてきた仲間たちの傍にいる時のように。
そして恐らくは総司自身も気付いていないだろう、彼が思う以上に彼にとってセイが心の拠所になっているのが見て取れる。
二人が出会ってから、――未だ不服だが恋仲になってからは更に。
以前山南が言っていた意味が他者にも見て分かる程に総司にとってセイは無くてはならない存在になっている。
セイもそれに応えるように、そして喜びを感じて総司に寄り添っている。
それが分かるから、だから余計に自分の大切なセイが取られたような気がして、自分の方が屯所を含めずっと長く傍にいるのにあっさりとセイに総司に取られたように悔しい。
結局は己にとって大切な二人其々が其々に取られたようで悔しいのだ。
そんな事を本人に言えるはずも無い。
「兄上!意地悪しないで教えて下さい!」
己を揺すり、せがむセイに応えず祐馬が食事を続けていると、それまでずっと口を開かず黙々と食事を続けていた玄庵が顔を上げた。
「父上?」
それこそ総司が現れ、命を救われたけれども、彼の所属する新選組を毛嫌いし、そんな新選組に入隊すると言って大事な一人息子を奪われ、挙句に娘さえもその隊のあろう事か組長に岡惚れし、しかも嫁に入るという話が持ち上がってから、玄庵の機嫌は下がる一方で、二人の子どもを奪われるきっかけとなった総司を警戒し様々な嫌がらせをしていたが、最近は総司が来ても、セイといちゃいちゃしていても、祐馬と斎藤がそれを邪魔し、患者に囃し立てられても何も言わなくなっていた玄庵が久し振りに口を出そうとした事に驚き、祐馬は目を見開き、セイも驚いたのだろう、最早兄に甘えてじゃれ付いているだけになっていた言葉を止めた。
二人が注目する中、玄庵は静かに言葉を発した。
「セイを沖田先生に貰ってもらおうと思う」