言われた瞬間総司は目の前が真っ暗になった気がした。
そんなはずない。と否定が出来ない。
セイは、はっきりと総司の事を『嫌い』と言ったのだから。
「本当に…本当に私の事なんかどうでもよくなったんでしょうか?」
すぐにでも思い出せる、セイの体の細さ、柔らかな頬、そしてふっくらとした唇。
指先を伝ってくる鼓動、熱。
あんなに女子に近付いた事なんて今まで無かった。
女子とはこんなにも柔らかで、温かで、そして惹きつける香りを放つものなのかと、まだ恋仲になって間もない頃によくそんな思いを抱いた。
原田たちの付き合いや近藤の接待の共で島原に行った時等に傍にいた妓女に確認しようとした事がある。
元々白粉や香の香りが得意ではなかったが、その内に隠れる女子特有の持つ香りがあるものかと。
――結局、セイ以外の女子に必要以上に近付こうとすると、知的欲求が働く理性と己の心と体が無意識に敷く他人に対する許容範囲とが反発し、触れる事さえ出来なかった。
セイだけが特別なのだ。近藤や土方とはまた違う、己の懐に入ってこれる唯一の人なのだと確信させられるだけだった。
彼女を思い出すだけで体の芯が痺れ、熱くなる。
――斎藤は触れたのだろうか。
セイの全てに。
心に大きく暗くそして深い空洞が生まれる。
会う度に、共にいる時間が増えるにつれて、あの娘の全てが欲しいと願った。
心だけじゃ満たされない。
もっと。もっと深く繋がりたい。
確かな証と絆が欲しいと願った。
幾度も今ここで全てを奪ってしまおうかと思った事がある。
しかし、セイが大切だから。
結縁するまで。
そう思ってずっと我慢してきた。
いずれ必ず彼女の全てを己に捧げてくれるのだから。
いずれ――。
そんな日は無くなってしまった。
「斎藤さんは…」
斎藤は待つ事をせずにセイの全てを手に入れたのだろうか。
「おい、総司!」
土方は声をやや荒げて、総司の名を呼んだ。
名を呼ばれ、はっと顔を上げた亜kれは真っ青で、呼吸の仕方も忘れたようにパクパクと口を開くだけで、声は発しなかった。
「無くしたら息をするのも忘れる程惚れてんなら今すぐ掻っ攫って来い!」
強い口調で土方はそう言い放つと、呆けていた総司の頭に手を置き、強く押した。
されるがまま首を下げた総司の頭から苦笑交じりの言葉が降ってくる。
「…ったく、お前、本当馬鹿だなぁ」
そして頭の上から手が離れたかと思うと、土方は立ち上がり、閉じていた障子を開いた。
まだ太陽が天頂に昇りきらない時刻、柔らかな日差しが部屋に差し込んでくる。
「今日は帰らなくていいから、ちゃんと貰って来い」
「――」
総司は俯いていた顔を上げ、不思議そうに土方を見上げる。
「後は嫁さんだけなんだろ?」
その言葉に総司は強く頷いた。