「何の事ですか?ってどういう事ですか!?」
セイが口を開くより先に、倒された祐馬が起き上がると総司に食って掛かった。
驚いて身を引くが、セイの腰に手を回したままの腕を緩めない総司と、それを懸命に引き剥がそうとする祐馬は力の攻防戦を繰り広げながら、一方で互いの顔を見合い、睨み合う。
「…その、さっきから浮気浮気って何の事ですか?」
「貴方最近女が出来たからそっちに通うのに忙しくてセイの所に来なかったんでしょ!?しかも三人もいたなんて…」
「あと、他に料亭の女将さんと、東のお屋敷の娘さんと…」
更に女性を上げていくセイを総司と祐馬は思わず二人して見つめ、そして祐馬は顔を上げるとセイを抱えたままの総司の胸倉を掴む。
「貴方って人はっ!」
「ちょっと待ってください!ちょっと待って!それ違いますって!」
「違わんだろ。小物屋の娘さんとは二日前に楽しそうに一緒に櫛を選んでいたし、料亭の女将さんには夕餉を持て成されていただろう。相当楽しく吞んだのか歩けないほど酔って日が変わってから屯所に帰った挙句楽しそうにそのまま布団に倒れこんだと聞いた。懇意にしているお屋敷の娘さんとは一緒に部屋を探していたらしいな。しかも間取りがどうとか、子どもができたらどうやらとか。で、何人囲うんだ?流石は一番隊組長ともなると太っ腹だな」
掴み合う二人の横でいつの間に立ち上がり、いつから見守っていたのか、冷静に表情一つ崩さず斎藤は告げると、すっかり固まってしまった総司から、同じく彼の腕の中で固まってしまったセイを易々と引き寄せ、己の胸元に引き寄せると、続きをどうぞとばかりに総司と祐馬に掌を見せ、促した。
次の瞬間それまでやり取りを見守り続けていた患者たちからもヤジが入り、祐馬は顔を真っ赤にして一層激しく怒りだす。
「アンタって人は!」
「沖田先生!奥手だと思っていたのに!」
「おセイちゃん一筋じゃなかったんかいっ!」
「ふてぇ野郎だっ!」
「ちょっちょっと待って!待ってください!合ってるけど、違いますって!誤解ですって!」
「あってんじゃねーかっ!」
「斎藤さんっ!それ誰情報ですかっ!?」
「何を言う。うちの隊士と監察の情報網を侮るな」
「侮ってませんけど、足りませんってっ!」
「それでおセイちゃんをまだ嫁に欲しいって言い張るとはいい根性だ!」
「男としては立派かもしんねぇが、婚礼前によくやれたもんだな!」
「婚礼前だからですって!」
「何ぃ~!?婚礼前だから最後に一花咲かせようって魂胆か!?」
「ちがっ!」
必死で弁明しようとする総司だが、その度に非難の嵐で話が進まない。
ぐいぐい襟元を締め付けてくる祐馬の腕を押さえながらセイを見ると、彼女は大粒の涙を零していた。
「セイちゃ…」
「沖田先生なんて、大っっっ嫌いっ!!私斎藤先生のお嫁さんになります!」
「何言って!」
「沖田先生」
セイの放たれた台詞に驚いて、慌てて手を伸ばそうとするが、その横で、今まで一言も発さずにただ事の成り行きを見守り続けていた玄庵が口を開いた。
父親である彼が何を言うのか。それまで喧々囂々罵詈雑言が飛び交っていた場が一気に静まり、視線が玄庵に集中した。
誰かが息を飲む音が聞こえる。
「貴方が来てから患者たちが診察に集中してくれない上に、私も正常な状態での診察が出来ない。ここに来ない間色々とあり、色々と言う事もあるようだが、祐馬は頭に血が上っているし、セイは泣いてしまっている」
「それは…」
「今日は帰ってくれ」
「でも浮気はっ!」
「それはどうでもいい。帰りなさい」
「……」
それ以上総司がその場で何かを言える空気ではなく、セイを見つめながら名残惜しそうに一礼をして、渋々と外に出て行った。
後姿を見送ってから玄庵は一つ息を吐いて、それからセイを見る。
「それで、セイは本当に斎藤先生と結縁するのか?」
涙を零しながらセイはぎゅっと斎藤の腕を握った。