風桜~かぜはな~2-11

祐馬の後からのっそりと入ってきた斎藤は息継ぎの間が全く同じで会話にならない三人のやり取りが続く事に呆れて渋々口を出した。
すると三人とも幾度も言葉が重なる事で互いが互いの主張が聞き取れず、またすぐに反論できず、自分の主張を訴える為に自然と段々大声になり、喉が枯れ始めながらも息を吸ったところで、静止し、斎藤を見た。
そのまま三人とも飲んで声にならなかった息を吐き、落ち着くと、最初に斎藤に食って掛かったのは総司だった。
「どういう事ですか!?いつの間に斎藤さんがセイちゃんをお嫁に貰う事になってるんですか!」
それに続くのがセイ。
「私、斎藤兄上のお嫁様にはなれません!斎藤兄上にはもっと素敵な女性が合います!」
「斎藤さん!斎藤さんも何とか言ってくれ!この浮気男に!」
最後に訴えるのは祐馬。
斎藤が口を開く前に、彼を取り囲むように立った三人は問いかけた相手を無視してまたもや喧々囂々と言い争いを始めた。
「まっ、まさか斎藤さん!私に黙ってセイちゃんに手を出したんですか!私が最近忙しくしている間に!?」
「手を出したって何ですか!斎藤兄上は相手の気持ちも考えず女子に無体な事強いる人じゃありません!」
「貴方にそんな事を言える権利がありますか!?斎藤さんだから信頼できるんだ!セイも幸せになれる!この男はもう信じられない!」
「ずるいですよ!私だって一杯一杯我慢してるのに!髪の毛一本から爪の先までセイちゃんは私のものなんですからね!…はっ!まさかもう…!どうなんですかっ!?」
「セイに不埒な想像をしないでください!沖田先生に唇は奪われてもそれ以外の何処も穢れてません!綺麗なままセイはお嫁に行くんですから!」
「勝手な事ばかり言わないでください!だから男って下品で嫌いなんです!」
「何言ってるんですか!セイちゃん!これは大事な事ですよ!貴女もまさかコウノトリが赤さんを連れてきてくれるなんて思ってないでしょう!」
「馬鹿にしないでください!うちのセイは何度も産婆の手伝いだってしてるんだ!」
「男の人ってそればっかり!そうやって男の人は色んな女の人と子ども作って!汚らわしい!」
「失礼な!私はセイちゃん一筋ですよ!セイちゃん以外じゃ無理なんですから!最近は毎日夢に見るくらい我慢できなくて困るし!紛らわそうと思って春画見ても駄目で困ってるんですから!」
「何の話ですか!島原で妓の人でも買えばいいじゃないですか!それか小物屋の娘さんでも呉服屋の奥さんとでも盆屋でも何処でも行けばいいじゃないですか!」
「そんなに懇意にしている女がいるんですか!?しかも奥さんって、人妻!?」
「そういうセイちゃんだって我慢できなくて斎藤さんと何かしてるんですか!?許しませんよ!私は心が狭いんです!浮気なんて許しませんからね!」
「私と沖田先生を一緒にしないでください!沖田先生がいるのに他の人と浮気する訳ないでしょ!ましてや…そんなっ…口付けだって先生とだけなのに!」
「本当ですか!?セイちゃんっ!」
ごすっ!
総司は勢い良くセイを引き寄せると、腕の中に閉じ込め、ぎゅうっと力強く抱き締める。
その勢い良く総司が動いた事によって、言い合うセイと総司の間に立っていた斎藤は何も口を挟む事が出来ないまま吹き飛ばされ、吹き飛ばされた斎藤に巻き込まれるような形で祐馬もその場に倒れた。
倒れた男たちを無視しながら恋人たちの会話は続いていく。
「本当に…本当に斎藤さんとは何もないんですね…?」
「何も無いです!斎藤先生は兄上です!斎藤先生に失礼です!」
はっきりと否定される事で総司はほっと安堵の笑みを浮かべながら、セイの唇にそっと触れた。
「私だけ…ですよね?…私、セイちゃんがいなきゃ生きていけないんですよ?今更誰か他の人のものになったりしないでください…」
今まで向けられた事の無い熱の篭った、それでいて切なく何処か色香の混ぜたような眼差しに、セイはみるみる爪先から全身の熱が上がるのを感じ、己自身の感じた事の無い熱に羞恥が生まれ、気付かれぬよう、身を捩って彼から顔を背け、力強く抱き締められた腕の中から逃れようとする。
「何言ってるんですか!あの…小物屋の娘さんや、呉服屋の奥さん、酒屋の娘さんがいるじゃないですか…」
何に恐れるのか自身でも分からないまま、このままでいると囚われると本能的に危険を感じたセイは必死で己に巻きつく腕を引き剥がそうと総司の腕を掴むがびくともしない。
今ここで囚われてはいけない。決して囚われぬようにとセイは無理矢理不信感で胸を満たし、噂になっていた女性を次々に上げていく。
言う度に、聞こえてきた噂の内容も思い出し、彼とその女性が幸せそうに笑い合う姿も浮かんできて、口元が震えた。
「それなんですけど」
総司はセイに目を背けられ己から懸命に逃れようとする寂しさから、腕の力を緩める事をせず逆に強め、片手を彼女の頬に添えて強引に自分の方に顔を向けさせる。
歪んだ唇を噛み締め、目も耳も頬も真っ赤にして今にも泣き出しそうな涙を湛えた瞳が彼を映す。
そこに浮かぶのは羞恥なのか、嫌悪なのか。
その表情に鈍い痛みを覚えながらも、総司はずっと聞きたかった事を口にした。
「何の事ですか?」