風桜~かぜはな~2

「沖田さん。出掛けるのに態々着替えるのか」
「えっ!?」
壬生にある新選組屯所の一室。
同室である斎藤一に声を掛けられ、数少ない着流しを行李から出して選んでいた総司は思わずびくりと肩を震わせた。
「いつも子どもと遊ぶ時は巡察の格好のままで遊んでいたはずなのに、最近はきちんと着替えてから出掛けるのだなと思ってな。俺の気のせいだったらすまん」
「え!え、っと。そうでしたっけ?」
手に持つ着流しを何となくぶらぶらと手持無沙汰にしながら、何処を見る事無く目を逸らし言葉を濁す。
「アンタに見に覚えが無いのなら、俺の気のせいだな。富永に聞いてみよう」
「どっどうしてそこで富永さんの名前が出てくるんですか!」
「友人に気になった事を相談するのは不思議な事では無いだろう」
「…分かってるくせに…」
「何の事か。さっぱりだ。ああ。さっぱりだ」
総司のぽつりと呟く言葉に、斎藤は平然と顔色一つ変えず少しも感情を込めないで言い返す。それが裏を返せば全てを知っていて言わせているのだという事は一目瞭然だった。
「…斎藤さんの意地悪…。そーですよ。おセイちゃんと会うんですよ。さっき巡察の時におセイちゃんと会ったんで甘味屋に行きましょうって誘ったんです。だって、斎藤さんも富永さんも誘っても一緒に行ってくれないじゃないですか」
「当たり前だ」
「ヒドイ。でもいいですよ。おセイちゃんも甘味好きで、いっつも誘ったら絶対一緒に行ってくれるんですから!」
「ほー。いっつもか。それで富永が『家に帰る度に父上の機嫌が悪くなる』と言っているのか」
「そうなんですよ。富永先生は新選組嫌いですからね。仕方が無いです。おセイちゃんが出てきてくれるまでいつも大変なんです」
しおしおと肩を落す総司は、玄庵の機嫌が悪くなる+新選組組嫌いが酷くなる理由が自分にある事など少しも気付いていない。
「そこまでして誘わんでもいいと思うがな」
「そうは行きません!一人で御飯よりも皆で御飯の方が美味しいじゃないですか!一人で甘味より二人で甘味です!」
握り拳を作りながら力説する総司に、斎藤は遠い目をする。
「で、どうして着替える事にした。セイに汗臭いから近づくなとでも言われたか」
「言われませんよ!そんな事!…え、でもそんな事もあるんですかね…」
「アンタの疑問はどうでもいい。何故言われもしないのに着替えるようになったんだ?」
「…だって…やっぱり斬り合った後だと血の匂いや色が付くでしょう…」
「セイは慣れてると思うが」
「でも!何となくおセイちゃんにそういう血生臭いものは近づけたくないと言うか、あんなに綺麗で可愛いのに私が血の染みた着物で会ったらおセイちゃんまで汚れてしまうような気がするというか…」
「会わなきゃいいだろう」
「それは駄目です!」
「毎日会わなくてもいいだろう」
「それも駄目です!」
「何故」
「一日一回快便、一日一回おセイちゃんです!」
真剣な顔つきで間髪置かず反論する総司に、斎藤は剣呑な眼差しで見返した。

「沖田センセ~文が届いてますよ~」
「あ。はい。下さい」
廊下から掛けられた少し気の抜けた声に室内に一瞬張った緊張感が一気に緩み、総司も気の抜けた声で返事を返す。
隊士から受け取った文を開き、
総司は力無くその場に膝をついた。

『本日のお約束の件ですが、急に兄上が夕餉を家で食べると連絡が入った為、辞退させてください』

「おセイちゃんのばかぁっ!!お兄さん至上主義なんですからっ!!」
「ざまぁみろ」