風桜~かぜはな~18

「アンタの中でどういう変化があったんだ?」
夕食後、寝る前に一汗流そうと一人道場で鍛錬をしていた総司に、声がかかる。
振り下ろした刀を鞘に納め、振り返ると、斎藤が憮然としてこちらを見ていた。
「斎藤さん」
へらっと笑う総司を不快そうに斎藤は睨み付けた。
「アンタが道場でセイに負けて、突然掌を返したようにセイの味方をし始めた事に富永も俺も納得がいかない」
「…そうですか」
「セイは新選組に関わらない方がいい、今まで通り診療所で助手だけやって、そのうちいい貰い手の所に嫁に行った方がいいと思っていたのではないのか?剣術なんてセイには無用のもの教える必要も無い。そこだけは俺たち三人同じ意見だと思っていたんだが」
「私もそう思ってたんですけどねぇ…」
総司はくすくすと自嘲気味に笑うと、斎藤が腰を下ろした道場の入り口の横に総司も腰を下ろした。
「それが私たちの思い上がりでしかないって気付いちゃったんですよね」
「どういうことだ?」
意味の分からない斎藤は総司の言葉を促す。
「セイちゃんの望んでいる事はそのどれでもなくて、ただ私たちと対等でいたかっただけなんだなって」
「対等?男と女で対等である訳がないだろう」
「そうなんですよね。けど、セイちゃんはそう思ってないんです。セイちゃんの幸せはそこじゃないんです。だから私たちに必死に何度も訴えていた。それなのに私たちは少しも耳を貸そうともせずに、ずっと子ども扱いして女子だから庇護されるものだと思っていた」
「セイは女子の幸せに気付いていないだけだ。女子は守られるべきもの、それの何処がおかしい?」
「……私、誰かの後ろに隠れて守られてるセイちゃん想像したら…そんなセイちゃん好きじゃないんですよ…。セイちゃんがセイちゃんだから好きなんだなって…」
「アンタがセイに惚れてるのを気づいたって話か」
「そっ!そんなんじゃなくって…それも…そう…なんですけど…」
苛々と指摘する斎藤に総司は耳を真っ赤にして答える。
「はん!今更何故気付く」
「……今日、真剣で勝負をした時…私…一瞬怯んだんです…あの人は真剣だったから、本当に斬るつもりでいました。けど…体が無意識の内に一瞬制止して…斬れなかったんです…」
「……」
「ああ。この人だけは斬れないんだ。って嫌でも自覚させられてしまって…」
段々声を小さくして顔真っ赤にして俯く総司に、斎藤は溜息を吐く。
「結局女子だからと意識していてもいなくても…私……この人の事が好きなんだな…って…」
「……」
「だったらセイちゃんがセイちゃんらしく生きられる生き方のできる協力をするのが一番セイちゃんを幸せに出来る方法なんじゃないかって思ったり…したんですけど…」
段々自分の考えを上手く伝えられずに伝わっているか不安になった総司がちらりと斎藤を見ると、斎藤は憮然としながらも、何処か気落ちした表情で遠くを見ていた。
「…アンタがセイを一番分かってるみたいなのが腹が立つ。けれど、確かに一理あるな」
「…でしょ?斎藤さんなら分かってくれると思いました」
「アンタに同調したと思われるのは不快だな」
「斎藤さーん!」
「しかしその考え方は祐馬はきっと理解していても、納得はできんだろうな」
泣き叫ぶ総司を無視し、斎藤はぽつりと呟く。総司も静かに頷いた。
「…身内であればこそ、出来れば普通にお嫁に行って幸せになって欲しいと願うと思いますからね…」
苦笑する総司をちらりと斎藤は見、そして、また外に視線を戻して呟いた。
「そんなセイを理解してやれるアンタが嫁に貰えばいいだろう」
「え?」
突然言われた言葉に、総司は顔を真っ赤にする。
「もうセイを嫁にする気は無いとか、そういんのではないのだろう?」
「でも私は独り身を貫くつもりで!」
「そんなアンタを理解してそれでも傍にいるのもセイだろう」
「でもセイちゃんは私の事なんて何とも!」
「それは本人に聞いたらいいだろう」
「でも!」
「娶る気があるなら、さっさと娶ってくれ。それでなきゃ、今度こそ本当に俺がセイを嫁にもらうぞ」
「!」
「俺はセイに兄と同様にしか見られていない。男として惚れた腫れたの相手じゃない。そんな男の嫁にセイがなっても満足か?」
「……」
総司は黙り、そして遠い目をしたままこちらを見ない斎藤を見つめた。