気が付けば、総司の喉元には短刀が突きつけられていた。
セイは彼の懐の中でこちらを見上げ、漆黒の瞳が彼の視線を捉える。
「勝者!神谷!」
斎藤が声を上げる。
すると、窓の外からわっと声が上がった。
こっそりと覗いていた見張り役の一番隊隊士たちが声を上げたのだ。
祐馬は全身冷や汗をかいてじっと二人を見つめている。
決着の着いた当の本人たちは、張り詰めた空気のままそこを動けず、――先に崩れ落ちたのはセイだった。
「セイちゃん!」
懐の中で膝をつくセイの体を咄嗟に支える。
「……私、生きてます…?」
息絶え絶えのまま呟くセイに、総司は目を見開き、そしてぎゅっと抱き締めた。
「貴方、無茶しすぎですよ!」
セイは総司が刀を振り下ろしたと同時に、彼の懐に入ってきた。
確かに、刀を振り下ろす瞬間こそが一番隙が出来る瞬間であり、懐ががら空きになる瞬間である。
しかし一歩間違えれば頭から真っ二つにされても仕方が無い、究極の選択。
この方法を実行するくらいなら、確実性の高い、相手の背から回り込んで切り込む方法をある程度の剣術を学んだ者なら誰でも選ぶ。
「…こうでもしないと沖田先生から一本取る方法が思いつかなくて…」
「大体、大刀の鞘に小柄仕込むなんて誰に習ったんですか…」
セイは総司が刀を振り下ろした瞬間鞘から小柄を抜き、彼の喉元に突きつけたのだ。
彼女は己の素早さを長所と分かっていて、最大限生かす為に刀を軽量化し、間合いを見計らう事をこの数日で磨き、総司と対峙をしたのだ。
この数日間で彼女の剣術の腕は驚くほど進歩していた。
「誰かに教えてもらったんですか?」
少しぴりりとした靄を抱えながら総司はセイに問うと、彼女は首を横に振った。
「…貴方って人は…もう!」
総司はまたぎゅっと腕の中のセイを抱き締めた。
「貴方には参りました」
そう総司が言うと、セイはやっと嬉しそうに笑った。
そのあまりにも満面の笑みに、総司は思わず赤くなり、そしてまたぎゅっと抱き締めた。
「神谷!勝ったんだってな!」
道場の戸が開いたと同時に入り込んできた中村に、セイは嬉しそうに答える。
「うん!勝った!」
「良かった…っ!」
感極まってセイを抱き締めようと中村が手を広げると、それよりも早く総司の手がセイに伸び、後ろから彼女を抱き締めた。
「中村さんの教え方が良かったんですね。随分とセイちゃんの良いところが生かされてましたよ」
そう言って総司はセイを抱き締めながら、笑顔を見せる。
「あ…ありがとうござます…」
笑顔のはずなのに、何故か思わず後退りしてしまう中村五郎。
「でも、人に教えるくらいなら自分ももっと腕を磨いてくださいね。貴方の変な癖までセイちゃんに移ってましたから。あれは今度私が直してあげますね」
「え!?沖田先生!それなら私も直して欲しいです!」
総司に抱き締められながら聞いていたセイは総司を振り返ると、すぐ間近にあった顔に頬を染めながら訴える。
「いいですよ。神谷さん筋がいいですから、もっと強くなりますよ。私も神谷さんと一緒だと勉強になって楽しいですし、一緒に頑張りましょう!」
もう女子だから剣術を学ぶのを止めろと言わない総司に、セイは目を丸くし、それでも嬉しそうに頷く。
「はい!」
「…俺も一緒に!」
行き場の無い中村は、仲睦まじく話二人に無理やり割り込むと、総司からまた笑みが返された。
「中村さんは稽古で。神谷さんは隊士では無いから稽古で一緒には無理ですし。今度甘味屋行きがてらやりましょうね」
「…はい!」
「……」
ぽかんとする中村は既に眼中に無く、総司はまたセイを見て笑った。
元々仲のいい二人だったが、男女の仲では無いと総司自身に聞かされ堂々とセイに想いを寄せていたのだが、何故か物凄くけん制されている気がする中村は、総司に何の変化があったのだと問うように後ろいた祐馬と斎藤を見ると、二人は不機嫌な空気全開で総司とセイを見ていた。