総司はぼんやりと縁側に座り、空を見上げていた。
『三日後、もう一勝負だけお願いします』
そう、セイに申し込まれ、総司は気が付いたら呆然としたまま頷いていた。
それからセイはこの二日、屯所に顔を見せる事は無かった。
元々回診もそれ程多い訳では無かったが、セイは何かにつけよく病人たちを見舞っていた。
勝負を申し込まれてから、診療所に遊びに行くのにも気が引け、何となく時間を持て余し、総司はぼんやりと空を眺めていた。
「…セイちゃんと会うまで、私毎日何をしていたんですっけねぇ…」
セイと出会う前までは京都見物と甘味屋巡りでぶらぶらと一人歩いて気がするのだが、今同じ事をしてもきっと味気ない気がして、やってみる気にならなかった。
「総司。人の部屋の前でいつまでぼーっとしてるつもりだ」
「いいじゃないですか。土方さんが一人で寂しいかと思っていてあげてるんですよー」
「自分が暇なだけだろうが。--そうだな。富永の妹とは遊びに行けないからな」
含みのある言い方に、総司は土方に顔を向けると、にやりとこちらを笑って見遣る土方に総司はぷくりと顔を膨らませた。
「土方さんも知ってるんですか」
「阿呆。当たり前だ。屯所中の噂だぞ」
「すみません。武士同士でも無いのに…」
「女子相手に真剣勝負挑まれて…は知ってる者が少ないとしても、 ただの医者の助手に勝負挑まれるなんて聞いた事無いからな」
本来武士同士で刀を向け合うのはいい。それを道場にも通っていない普通の女子と勝負するなど前代未聞だ。
勝負自体受ける事に本来嘲笑する武士も多いだろう。
ただ、セイが女子である事に気付いている者も少ないが。
それでもただの医者の助手に突然新選組しかも最も精鋭された一番隊組長が剣術で勝負を申し込まれる事自体ありえない事だ。
「それでも。結構イイ線行くんじゃないのか?あいつなら」
「!…土方さん。随分セイちゃんの事認めてるんですね」
まさかの高評価に総司は驚いた。
セイを総司と懇意と思い込んでの采配とはいえ、仕事と情はきっちり分ける土方が、新選組の屯所に女子を入れる事などましてや仕事を与えるなどありえないと思っていたが、剣術に関しても気概に対しても、土方は総司が思うよりもずっと評価しているのだ。
「お前だって実際に手合わせしたんだから分かるだろ。あいつがもし男で武士として入隊を希望したら取ってやるだろ?」
「……」
その言葉に総司は憮然として、敢えて返事を返さなかった。
「お前も人の事言えないくらい皮肉れ者だよな」
「だって!セイちゃんはお嫁さんにいってもいい年頃なんですよ!あんなに料理も上手で、よく気が付いて、明るくて、可愛くて、誰だってお嫁さんにしたいはずです!」
先日松本法眼に言われ総司は悟ったのだ。
セイは本当にもういつ結縁してもおかしくない年頃だという事を。
己は生涯独り身でいるつもりだからついつい分からなくなってしまっていたけれど、セイはとっくにいい年頃。遅いくらいなのだ。
どれだけ兄を想っている優しい娘なのかも、女子だから故に関われないが真剣に新選組を大切に想ってくれているかも十分伝わってくる。
けれど、女子としての幸せをこのままみすみす逃させる事は出来ないのだ。
それだけ総司にとってセイは大切な存在になっていたから。
セイには絶対に幸せになって欲しいから。
荒い方法だと分かっている。それでも他に彼女に悟らせる手段を総司は知らなかった。
だから手合わせをしたのだ。
確かに土方の言うとおり、セイの腕は下手をすると入隊してくる新人隊士なんかよりずっと上手だ。
兄妹揃って似た剣術、そして何より素早さが最大の武器になって対峙する相手の体制を撹乱する。
上手く伸ばしてやればもっと強くなる。途中からセイと竹刀を合わせる事に心踊った事は事実だ。
今もすぐにセイと手合わせした時の感覚が体中に蘇ってくる。
けれどそれではいけないのだ。
憮然としたまま俯く総司に、土方は溜息を吐いた。
「お前なぁ。自分の嫁にしたいとは思わないのか」
「私なんかがお嫁さんに貰えませんよ!」
「んじゃ、斎藤か中村あたりに取られちまうかもしれないけどいいんだな?」
「……セイちゃんがそれで幸せになれるなら…」
「富永の妹が斎藤や中村や、何処の知らない誰かの嫁に行ってもいいんだな?」
「……セイちゃんが幸せなら…」
「富永の妹が他の男に抱かれても、知らねー男の子を孕んでも全然少しも気にしないんだな」
「なっ!何て事言うんですかっ!?」
「嫁に行くって事はそう言う事だろ」
顔を真っ赤にして非難する総司に、土方は文机に肩肘を付いて呆れ顔で答える。
「…………セイちゃんが…幸せなら……」
「惚れた男の嫁になってるかどうかは分からねーがな」
土方は一度しか会った事無いが、先日のセイの言動や今まで総司に散々聞かされてきた惚気話を思い出せば二人が相愛なのは間違いない。
二人して野暮天なのか、意地を張っているだけなのか、いい女だと思ったらすぐに行動に出る土方には理解できない。
現に今も段々と黒々とした負の気配を纏う総司が何故そこまで自分以外の誰かをセイに宛がおうとするのか、その感情が分からない。
何時ぞやの彼の目の前で自殺しようとした女の話は解決したし、以前懇意にしていたという女郎の所にはセイと会ってからは会っていないらしいから、男女の仲として普通に接する事に抵抗もないはずだ。
「セイちゃんが好きな人と結縁するのが一番じゃないですか!」
何故、そこで自分だと気付かない。
何故、そこで自分が幸せにしたいと思わない。
「お前の姉さんだって別に好きで一緒になった訳じゃねーだろ。それでもうまくやってんだし、結縁なんてそんなもんだ」
「そうですけど…セイちゃんにそれは似合わないです。もし既に好きな人がいるならその人と一緒になってくれたらいいです」
「総司は惚れてないのか?」
「私は…そんなんじゃないですよぅ!」
顔を真っ赤にして、恐らくセイが自分に惚れていたらと想像しているのだろう嬉しそうにもじもじしながらも否定する総司が土方には理解できなかった。