「沖田先生ありがとうございますっ!」
にこにこ笑顔のセイに対して、総司は憮然としていた。
屯所の中の病人を集め、一斉に医師が診られるように宛がわれた一室で、セイは男装し嬉しそうに病人たちの世話を行い、彼女の隣で総司は面白くなさそうに彼女の行動を見守っていた。
「沖田先生が、あの土方副長に私をここで働かせて貰える様に進言して下さったんですってね!」
「違いますよ。土方さんが貴方を見て、働かせても良いって言ってくれたんです」
「…ふーん。あんなに腹黒そうなのに何を考えてでしょうか…。女だからって見下していたのに」
「別に土方さんは見下したりはしてませんよ。女性には優しい人ですから。新選組は男子の集まりですから心配してるんですよ。不器用な人だから分かりにくいだけで」
苦笑する総司に、腑に落ちない様子でセイは首を捻る。
「ただの女タラシなだけな気がしますけど」
「セイちゃんは鋭いですねぇ。でも本当に優しい人ですよ」
「沖田先生、普段から近藤局長と土方副長ダイスキの話されてますもんね!」
「セイちゃんって絶対土方さんと気が合うと想うんですけどねぇ。そっくりだし」
「何処がですかっ!」
「そう言うところが」
さっきまでの憮然とした表情から変わってにこにこと嬉しそうに笑って答える総司に、セイは一瞬どきりと胸を高鳴らせるが決して褒められている気はしないので、何処か腑に落ちない気分になりながらも呟いた。
「まぁいいです。働かせて頂けるだけで私にとってはとても嬉しい事ですから!」
それだけは土方を評価していいと、セイも思う。
ただ。
「沖田先生?いつも傍にいて下さらなくてもいいんですよ?それに、兄上も」
と、声を掛ける先には、総司と、その隣にさっきまでの総司と同様に今も憮然としたままの祐馬が座っていた。
「駄目ですよ。屯所で一人行動してこの間みたいな事があったらどうするんですか。でも、富永さんまで一緒じゃなくてもいいんですよ?」
「気にしないで下さい。私の妹の事ですから身内で対処するのが当然です。。寧ろ沖田先生、折角の非番なのですからゆっくり休息をお取り下さい」
「…私は松本先生の助手としてここに正式に診察に来ているんです。南部先生もいらっしゃいますし、兄上も沖田先生も私の事に構わずお休みして下さい」
そう言うとセイは、さっきから三人のやり取りを聞いているのが楽しいのかくすくすと笑いながら診察を続ける南部に目を遣る。
「いえいえ。私だけではもし神谷さんに何かあった時に頼りになりませんから」
南部は穏やかに笑うと、再び患者に目を落す。
「私、自分の身くらい自分で守れます!それくらいの覚悟は持ってここに来てますよ!」
「貴方、この間の事で懲りてないんですか!」
流石の総司もむっとしながらセイを睨みつける。
「この間だって、途中で助けられましたけど、自分ひとりでも逃げ切れました!」
ぴき。
総司は、黙ったままセイの腕を取り、そのまま己の胸元に引き寄せると、床に押し倒した。
「きゃっ!?」
何が起こったかわからないまま、為されるがままセイは気が付いたら、患者が寝ている布団と布団の間に仰向けに倒され上から総司が彼女の肩を床に押し付けて圧し掛かっていた。
「…逃げて御覧なさいよ…」
無表情に囁く低い声に、総司の威圧感に、セイは身震いする。
「そのままセイをどうするつもりですか」
更に低い声と共に、総司の首筋に大刀の刃先が向けられる。
「セイちゃんが少しも男というものがどういうものか分かってないから教えてるんです」
「それは私の役目です。勝手に教えないで頂きたい」
暫しそのままにしていたが、収められない刀に、背後から放たれ続ける殺気に、それまでセイに集中していた意識を開放し、総司は溜息を付く。
「私が本気で何かする訳無いのに…。とにかく、これでセイちゃんも女子が男の力に勝てない事分かったでしょっ…ぐっ!?」
どがっ!
それまでじっとしていたセイの蹴りが総司の鳩尾に綺麗に決まる。
「どうですかっ!私一人でも大丈夫なんですからっ!」
セイの肩に顔をつけ蹲る総司に、彼女は横にずれ、ずりずりと総司の下から体を逃すと少し頬を染めながらも誇らしげに笑って見せた。
「~~セイちゃん…今のはズルイですぅ…」
「身を守れればいいんですよっ!いざという時に身を守れれば!」
「セイ!この危険人物にもう近付くんじゃない!」
「…だからそれは誤解だって…」
「沖田先生からも一本取った!」
「違いますって…」