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2016/5/14
久し振りにセイと総司は壬生寺を訪れた。
為坊や勇坊に誘われ、鬼ごっこや様々な遊びをする内にあっという間に夕方になり、一人また一人と帰っていく。
まだ残っている子どもたちでかくれんぼをしているすぐ傍で、総司とセイは寺の階段に腰掛けていた。
「皆元気ですねぇ」
「毎日鍛えてる私たちの方が先にくたびれてますもんね」
階段に背をもたれかけさせながら笑う総司に、セイも笑って答える。
かくれんぼをしている子どもの一人を迎えに、母親が境内に現れると名を呼ぶ。隠れていた子どもはそれに気が付くとひょこりと現れ、母親に抱きついて帰っていった。
そんな光景を眺めながら総司は隣のセイを覗き見ると、彼女も目を細め眩しそうに見つめていた。
「…神谷さんもああやってお母上が迎えに来たんですか?」
「母上も迎えに来てくれましたけど、私は兄上の方が多かったですね…」
子どもたちを見つめながら、セイは呟く。
幼い頃に出会った桜の精のように可愛らしかったセイ。けれど総司を踏み台に狛犬の台に登り兄を探す子どもの頃からお転婆だった彼女はきっとまだ遊ぶとごねただろう。それを宥めながら会った事のない彼女の兄に手を引かれ帰る姿が浮かんで、総司は己の想像ながら微笑ましくて笑ってしまう。
「子どもの頃に戻りたいですか…?」
ふいにそんな事を問われ、子どもたちを見つめていたセイは顔を上げ、総司を見た。
「お父上もお母上も兄上も傍にいて、貴方は女子のままで…」
「でも、沖田先生がいません」
家族と共にいられる幸せは、尊い。戯言だけれど、きっと彼女の幸せはそこにあるのだろうと総司は思って聞いた問いだったがセイは凛として反論した。
「私は、…家族に会えないのは寂しいけど…、私が今お傍にいたいのは沖田先生です。きっと家族が皆元気でいたとしても、私が望んだのは沖田先生のお傍です」
「――」
まっすぐ総司を見上げ、セイははっきりと言った。
総司は目を大きく見開き、瞬くと、柔らかく微笑んだ。
「そうですよねぇ。私も母上や姉上が恋しくて子ども時代も懐かしいですけど、それでもお傍にいたいのは近藤先生のお傍ですもんねぇ。子どもに戻ったら近藤先生をお護りできませんし」
そう言って返すと、セイは一瞬悲しげな表情を見せたが、すぐに微笑んで頷き返した。
「では、私たちの帰る場所へ帰りましょうか」
「はいっ!」
自然と総司から手が差し出され、セイもその手を握る。
家族のようで家族ではないけれど、決して家族に劣らないその距離。
「私も兄上と呼んでくれてもいいんですよ~?」
「沖田先生は兄上とは全然違います」
「…そこまで断言されると悲しいですねぇ」
「兄上とは違うけど、沖田先生は沖田先生だからいいんです!」
凛とした声で返される言葉に、総司は頬を染め、手を引く彼には見えないけれど、セイも頬を染め、二人は彼らの家である西本願寺へ歩く――。

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2/22
うーどきどきします。
神谷さんにこれを渡したらどう思うでしょうか?
手の中には買ったばかりの小さな菓子。桜の精と見間違えるあの人にぴったりの桜の形をした干菓子です。
最近島原で流行っている事がありまして、それに乗じてみようと思ったんです。
とある妓女に岡惚れして通っていた一人の男がいました。その男はとても貧乏でその妓女を買う事も勿論身請けをする事を出来るだけの器量もありませんでした。
通うといっても毎日毎日店の前を通るだけ。時折お茶を挽いている事がある彼女を遠くから見つめるだけ。それだけでした。
見つめるだけ。それだけだった日々が苦しくなり、どうしてもその妓女に想いを伝えたい。そう決意した男はある日いつもの通りにお茶を挽いている彼女に小さな干菓子を差し出しました。彼女を見立てた花の形をした干菓子を。ありったけの想いを込めて。
一度も会話を交わした事も、目が合った事もなかったと思っていた、その妓女は、その男と同じ想いを抱いていました。
時折店の前を通る彼に一目会えるのをいつも心待ちにしていたと。
そうして二人は恋仲になり、妓女が年季明けを待って、結縁をし、今は幸せな家庭を築いている。と。
そんな話が広まり、最近島原では男女に関わらず想い人に干菓子を渡して想いを伝える事が流行しています。
……だ、だから、私も乗じてみようかと思いまして…。
そりゃ私は野暮天と言われるほど恋心に鈍い男ですし、剣術しか取り得は無いですし、何も出来ない人間ですけど、でも、神谷さんを愛しく想っているんです!
えぇ、何年越しで気付いたんだ!と、この間斎藤さんにも突っ込まれましたけど、いいじゃないですか。自覚したんですから。
自覚したら、どんどんどんどん欲深くなって…、やっぱり神谷さんにも好きになって欲しくなったんですよね。
そりゃ、師匠として好かれているという自負はあります!それは誰にも負けません!でも、男として…と言われたら…どうなのかな。と。
本人は自分は男だって言い張ってるから、女子として私の事を異性として見てくれてるのか微妙ですよね。
念友としては隊内で公認になっていますけど、それはあくまで便宜上であって、なった時はそんな自覚もお互いに無かったし、それを今更本当にしませんか?なんて……言う自分を思い浮かべるだけで顔から火が出そうです!
こんなで私、神谷さんにこの菓子を渡せるんでしょうかね。
駄目です!総司!敵前逃亡は切腹なんです!
そう自分を戒めながら、屯所に戻ると、すぐに神谷さんを見つけました。
彼女もすぐに振り向いて私に気付いてくれるかなと思ったら、何と、私の目の前で、その場に一緒にいた他の隊士から干菓子を貰っていました!
「あ、沖田先生。何処行ってらし…」
「どうして受け取ってるんですか~!!」
干菓子を受け取った神谷さんは私に気付いて笑顔で声をかけてくれましたが、それどころじゃありません!
何で他の男から干菓子を受け取ってるんですか!
「どうして…あ?これのことですか?」
そう言って、神谷さんは受け取った干菓子入りの箱をカラカラと振ります。
ちょっ…私のじゃないですけど、恋心をそんな簡単に扱わないでください~!
「最近ちょくちょく色んな人がくれるんですよねぇ。何ですかねぇ」
「え?色んな人がくれるんですか!それを全部受け取ってるんですか!?」
「あぁ、はい」
「神谷さん、それ知らないんですか!?」
まさか、干菓子の意味を知らないで受け取ってる!?
「あれですよね。島原で流行ってる遊びですよね?好いている人に渡すと両想いになれるとかいう。ある訳無いのに~」
そう言って、神谷さんはカラカラと笑います。
えぇっ!?神谷さんってば時折男より男らしくなりますけど、今、そんな男らしくなります!?いつもなら誰よりも先にこういう話に食いつくでしょ貴女!
「…し…信じてないんですか?」
「偶々上手くいったって話ですよねー。それ信じちゃってるらしくて、最近皆渡してきて煩くて」
「そ…そんなに一杯貰ってるんですか?」
「沖田先生も一緒に食べてるじゃないですか。昨日のお八つもそうですよ?高い菓子渡してくるから、局長と副長のお茶請けにも丁度いいし、副長なんていい詩が浮かぶなんて言って喜んでましたよ」
まさかの横流しですか!確かに昨日のお八つは美味しかったです!最近やたら質のいい干菓子が続くなと思っていたらそういう事ですか!!
「……土方さんには横流ししているって話はしてないんですよね」
「言ったら、きっと寒イボ立てて面倒だから言ってません」
「…そのくれた隊士には…?」
「菓子だけ頂いて、気持ちだけありがとう。って」
神谷さーん!それ、土方さんの女のあしらい方と一緒ですよー!どうして貴女までそんな色男なんですかー!
……懐に入っている菓子…このまま捨てちゃった方がいいんでしょうか。
今の神谷さんに気持ちを伝えても…ぽいっと近藤先生のお茶請けにされちゃいそうです…。
「沖田先生はどちらへ行かれてたんですか?」
「え?…え、えっと…」
菓子がどうなるかを聞かされた今それ聞きます?貴女!
「……知ってますよ。私」
「えぇっ!?」
「干菓子、買いに行ったんでしょう?」
そう言う神谷さんは突然顔を背けます。そして、顔を上げると、にっこりと満面の笑みを浮かべます。
「…どんな女ですか?沖田先生が干菓子を渡したい相手。……私、応援しますよ!」
酷い女です。
貴女は本当に酷い女です。
どうしてそんなに嬉しそうな顔をするんですか。私に自分以外の誰か好いた人が出来たら嬉しいですか。
さっきまで軽く感じていた懐の中にある干菓子が今度はずしりと重く感じます。
「…私に好いた人が出来たら嬉しいですか…?」
「はい!それはもう!局長からも副長からも取り持ってやれって言われてますし!ほら、私、これでも女囲ってますからその辺りは信頼があるんです!……後は私自身の意見でよければ女子の気持ちもお伝えできますし…」
言葉尻は周りに聞こえないように少し小声でしたが、はっきりと答える神谷さんは笑顔です。
満面の笑みです。
相手が誰なのか知りたくてたまらないって表情です。
興奮しているのか、涙目になってるじゃないですか。
もう、もう、神谷さん、酷いです!
「……だったら、手の中の菓子、捨ててください」
私は精一杯の勇気を出して、己の悋気を伝えます。
「これですか?折角貰ったんですから、後で一緒に食べましょうよ?」
酷いです。少しも伝わっていません。
「……嫌です。もう一緒に食べません。もう、貰わないでください。相手の気持ちを受け取れないのなら、最初から受け取らないでください」
「でも、折角ですし。それに今は先生の好いた人の話で、これは関係無いじゃないですか」
「………私が渡しても同じ様に扱われるんですか?」
「……え?」
神谷さんは不思議そうにぱちくりと大きな瞳を私に向け、瞬きました。
どうしてこんな男心の分からない神谷さんを好きになったんでしょう。
酷いです。
こんな状態で渡しても、振られるって分かってるのに、酷いです。
でも、好きなんです。
この気持ち、伝わるんでしょうか。

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2015/2/11

「はい。これあげますー」
そう言って沖田先輩はいつも会う度に何かお菓子をくれます。
同じ剣道部だから会う事も元々多いんだけど、部活の始まる前、終わった後、校内でも移動教室とかで通りすがりに会った時にも、いつもいつ何処で常備しているのか、飴やらチョコやらクッキーやらこんぺいとうやらお饅頭やら……一つポケットから取り出すと、ひょいと私の手に乗せてくれて、くしゃくしゃと頭を撫でて去っていきます。
最初は、もしかしたら私だけに特別なのかも?と期待をしたりもしたのですが、仲良い人には誰にでもあげているらしく、友だちと廊下で話している時に渡しているのを見かけました。
…もしかしたら女の子は私だけかも……なんて都合のいい事を更に考えてみたりもしましたが、クラスの女の子らしき人や部活でも他の女の先輩や後輩にもにあげているのを見かけました。
……人の淡い想いを打ち砕く、何処までも野暮天な沖田先輩。
けど、今日の先輩は違いました。
部活が終わった後にいつものように帰り道が途中まで一緒なので帰っていたのですけど、その帰り道、小さな紙袋一つに一杯チョコやら飴玉やらが零れそうなくらい一杯入れて渡してくれました。
「はいっ!これあげますっ!あ、それでですけど、明日今まで神谷さんに上げた分だけお菓子全部返してください」
「はっ!?」
今まで分って!?私この学校に入ってからもう半年以上経ってますけど!?しかも先輩とは入学して二日目に剣道部入部申し込みの時に初めて会ったその時からもらってるから……どれくらい!?
「どうして今更そんなに!?」
「人から物を貰ったらお礼をする。これジョーシキですよ」
さも真っ当な台詞を言って沖田先輩は自分の言葉に頷いています。
でも私は納得がいきません。
まさか沖田先輩から返してなんて言われると思わなかったから。
自分の好きなお菓子を周りの人にも食べて欲しいって気持ちでいつも配ってると思ってたから。
だっていつも、「一人で食べてると寂しいんですよねぇ。だから神谷さんが私のお気に入りのお菓子を一緒に食べてくれると嬉しいんです。それに、美味しかったって喜んでくれるともっと嬉しいんです」って言って、お菓子をくれるだけじゃなくて、偶に早く部活が終わった時なんかは帰りにカフェに一緒に行ってたりしたのに。
あれも全部返すの!?
「そ、そうですけどっ」
私はつい出た反論を言葉にすると先輩はそれ以上言うなと言わんばかりに人差し指を目の前に立てました。
「だから、私明日、チョコが欲しいです。今までの全部、は大変だと思うので、チョコ一個で手を打ちます」
「……え?」
「チョコ一個でいいので、その分しっかり選んでくださいよ。気持ちを込めて」
「……」
「この時期のチョコは色々出ててどれも美味しそうですからねぇ。私もつい手が出そうになるんですけど、流石にちょっと自分で買うのは恥ずかしいんですよね。あ、ちなみに明日部活終わったら神谷さん空いてますか?デパートの特設コーナー明日が最終日ですよねぇ。一度行ってみたいんですよ。ほら、神谷さんも一応女の子だから一緒にいてくれると欲しいのがあったら買ってきてもらいやすいし。あ、でも、神谷さんはお小遣いが減るの嫌だったら手作りでもいいですからね」
「……お…きた…先輩?」
「ほら、もうお家見えてきましたよ。私ここでお別れですから早くお家に入ってしまいなさいな」
そう言うと沖田先輩はいつもの屈託の無い笑顔で戸惑ってその場に立ち止まった私を促すように手を振りました。
だからそれ以上私も何も言えなくて、見送られるまま家の玄関に入り、走ったせいだけではない熱くなった頬に両手を当てました。
全部分かってて言ってるのかな。
どういう気持ちで沖田先輩は言ってるんだろう。
頭の中はぐるぐるして、熱はどんどん上がります。
心臓の音がどんどん大きくなっていって耳が痛いです。

明日はバレンタインデーです。

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2013/10/2
コクリ。
杯に入った酒を総司は一口含むと、飲み干す。
度数の高い酒は喉を熱く焼き、そして臓腑に収まった。
元々酒が特別好きな訳でも無い彼はちびり、ちびりと甞める様に吞む。
隣には一つ温度の高い体が彼に寄り添うようにもたれかかっていた。
「ん~せんせぇ…」
己の名を呼ぶ声に、くすりと笑って、返事を返す。
「ここにいますよ。神谷さん」
彼の体にすっぽり収まるくらいの小さな少女の体がくたりと彼に体を預けている。
期待していた返事が返ってきた事に少女はくふりと一つ笑った。
「お互いに飲みすぎましたねぇ。今日は」
偶には月見酒もいいだろう。と誘ったのは総司。
セイは彼の誘いに嬉しそうに笑って、「ではお団子も作りますね!」と意気込んでいた。
宣言通り総司好みに甘い餡の乗せられた団子は既に腹に収まり、皿は疾うに空っぽになっている。
いつもより少し高価な酒を用意し、折角だからと先日見つけた薄の野原に座り月を見上げた。
すっかり秋を迎えた夜風は着流し一枚では少し肌寒く感じられ始める。
ふさふさと綿をつけた薄は、屈み込んだ二人の姿を隠す。冷たくそして夏よりも少し吹くようになった風に大きく茎を揺らし、綿毛がふわふわと揺れて時に彼らの姿を覗かせた。
ぽっかりと浮かんだ満月。
風に揺られる薄の綿毛に時に遮られながらも柔らかな光が天上から地上に降り注ぐ。
薄に隠され月を見上げていると、二人きりの異空間にいるような不思議な時が流れる。
手元にあった酒を互いに注ぎあい、まるで絆を確かめ合うようか誓い合うようだと笑いあいながら口に含む。
こくり、こくりと飲み干す度に、ふわり、ふわりと意識が丸くなり、まるで体も浮くように軽く感じる。
月が用意してくれた二人だけの空間が幸せで、酒を口に含む度に、酒に吞まれる程に二人だけでいるその幸せな時が長く感じられて、気が付けば瓶が一つ空になる程の時が経っていた。
「おきたせんせぇ……」
身を寄せる少女は総司の名を呼ぶばかり。
「何ですか?神谷さん」
本当は彼女が名を呼ぶその先の言葉が聞きたいのに、彼女は先程から己の名を呼ぶ事しかしてくれない。
名を呼ばれるそれだけでも幸せだけれど。もう少しだけ、違う言葉が聞きたい。――例えば自分の事をどう思ってくれているのか。
「おきたせんせぇ」
「はーい。神谷さん」
少女の体が揺れ、総司の腕に彼女の腕が絡み、より酒で体温の上がった柔らかな体が密着する。
頬を摺り寄せ、幸せそうに彼女は笑みを浮かべた。
「…くふっ…おきた…せんせぇ.…」
「神谷さん…」
もう少しだけ幸せな時をこのまま――。