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2012.4~2013.4
「一人で格好いい沖田先生を書いてみよう祭り」と称してだらだらと続けているページのログ
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4/8
「…沖田先生ぎゅってしてください…」
宴会の席。
久し振りの宴にはしゃいで呑み過ぎたセイは頬を真っ赤にさせ、酔いが回っているいるのか眠そうに目を潤ませながら瞼を擦り、総司に擦り寄ってきた。
セイが大トラになって暴れるのはいつもの事。
セイが呑みすぎると子どもに戻ったように総司に甘えるのもいつもの事。
だから彼女がそうなると隊士の皆は何となく視線を逸らし、二人から距離を取り、見て見ないふりをする。
そんな皆の気遣いにばつが悪そうに頭を掻きながらも、総司が宴の席からセイを連れ立ってその場を離れるのもいつもの事。
小さな部屋で、二人だけの空間で、総司は手を引いて連れてきた少女をの手を離すと、その場に座り込み、手を広げる。
「はい。いらっしゃい」
そうすると、それまで不安気に手を引かれていたセイは表情を一気に綻ばせ、嬉しそうに彼に抱きついた。
「ふふふ~ぎゅーっ。沖田先生独り占め~」
笑いながら、セイは総司の胸元に頬を押し付けるようにしてべったりと彼にしがみつく。
「貴方、いつも酔っ払いが過ぎると抱きつきますよねぇ」
「いいじゃないですか~先生だけにですもん~」
「そうですか。そうしておいてください」
総司の背に手を回すセイと同じように彼女を包み込むように優しく抱き締めてやる。
「あー沖田先生悋気だー!ふふっ。か~わいぃ~」
「はいはい。そうですね」
一瞬顔を上げ、嬉しそうに声を上げると、セイは更にしっかりと総司にしがみついた。
幾つも年を重ねても、時折幼い表情を見せるセイ。
それはきっと普段、家族を無くし、敵を討つ為、そして今は一新選組隊士として志を持ち男と偽って必死に生きてきた彼女が、時々漏らす本心だと総司は思っている。
ここに入った当初は警戒し緊張から見せなかった感情、表情が、少しずつ心を解し、許し、そして総司にだけはこうやって甘えるようになった。
きっと以前なら『武士なんだからしっかりしなさい』とでも言っていただろうけど。
こんな彼女を己だけが見られるのなら言えなくなってしまう。
「神谷さん」
「う?」
総司に名を呼ばれ、顔を上げたセイの唇にそっと己のそれを重ねる。
驚いたセイは目を丸くするが、すぐにまた表情を綻ばせ、
「先生ちゅ~した~」
と言って笑い出す。
「大好きだからですよ」
「じゃあ私も沖田先生大好きだからちゅーする~」
そう言うと、セイは今度は自分から総司の唇に柔らかな唇を重ねた。
「ちゅ~♪」
「もぅ。酔っ払いさんなんですから!」
それはどちらの方なのか。
酒に酔っているのか、それとも恋に酔っているのか。
総司は苦笑すると、今も頬に、額に唇を寄せ続けるセイをぎゅっと抱きしめた。

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2/9
くしゅんっ。
くしゃみが一つ、隣の布団から聞こえる。
ここ最近毎日のようにそれは続いていた。
総司は溜息を吐きながら隣を見遣ると、セイが肩まで布団を被っているにも関わらず、全身は小刻みに震えていた。
「…神谷さん…」
「…あ。すみません。起こしちゃいましたか?」
総司の声にセイは顔を彼の方に向けると、眉を八の字にしながら周囲に気遣うように小声で謝った。
「寒いんでしょう?だから私がその場所と代わりますって言ってるのに」
隊士部屋で一番外に近いセイの寝床は、一番年下の自分がと真っ先に選んだ場所だ。
万が一の奇襲の際に自分が一番最初の楯になれるように。と。
そんな風に思っていたとは知らず、総司は何気なくセイの隣に布団を敷き、以後その場所が互いの定位置となったが、外に一番近い寝床は、奇襲の際にも一番最初に対応できるが、一方で冬は一番外気に接し冷える場所でもある。
「沖田先生に代わってもらう訳にはいきません!何かあった時真っ先に組長がやられたらどうするんですか!」
「…私そんなに弱くないですよ?」
「分かっております!でも万事万端の体制で対処できるなんて事無いんですから駄目です!」
「でもそんな風にしてるとその内風邪引いちゃいますよ?」
「それは私の日頃の鍛錬が足りないだけです」
「…朝方いっつも眉間に皺を寄せて、歯を食いしばって寝てて…辛そうな神谷さんを見てると、私も辛いんですよ」
「じゃあ、先生と反対の方を向いて寝ます!」
「そう言うことじゃないでしょ」
そう言うと、総司は己の布団から手を伸ばし、セイの布団を捲ると、小さな彼女の体を自分の胸の中に引き寄せた。
「せっ!先生っ!?」
「素直に甘えなさいって言ってるんです」
ぎゅうっと肩からすっぽり包まれ抱き締められると、総司の触れる場所から熱が伝播し、セイの体もほこほこ温かくなってきた。
「ほら。貴方、子ども体温のくせに、末端だけ冷え性なんですから」
そう言って総司はセイの足に己の足を絡める。
「ひゃぁっ」
自分より大きい足が絡んでくると、くすぐったくてセイは思わず足先を逃がす為に膝を曲げようとすると、その前に容赦無く抑えられた。
「逃げない」
「先生っ…こんなの…このまま寝られませんよぉ…」
「神谷さん大分体温かくなってきましたね。私も神谷さんが湯たんぽ代わりになって気持ちよく眠れそうです」
そう耳元で囁かれると、セイの体温は更に上昇していく。
こんな状態で眠れるかっ!と思う一方で、セイの思考は体が温まってくる事でゆるゆると睡魔に襲われていく。
「……み…んなに…見られ…たら…」
「だいじょう…ぶ…見てみぬふりしてくれ…ますよ…」
「今も」という言葉は続かず、やがて二人の寝息が聞こえ始めた。
その後にのそりのそりと起き上がる者、一人二人と増えていく。
「.…全く。明日からは毎晩右回りで神谷の寝場所と交代していくからな!」
毎年の事だが、冬のある時期から毎日睦言に似たこの会話を聞かされる身になって欲しい。
ここ数日毎夜のように聞かされた会話は、今まではセイが勝ち続けていたが、今日になってやっと総司が勝った。
総司が勝つ事で初めてセイは皆が交代で彼女に代わってその場所で眠る事を許してくれる。
最近のセイの朝起きた時の顔色の悪さは知っていたから、どうにか早く総司に彼女の強情な主張に勝って欲しいと願っていたが。
一方で、総司が押し勝った結果、一つの布団で互いにしっかりと抱き締めあったまま眠る姿を見せられるのも辛い。これも毎年のことながら辛い。

それから冬の間は、外に一番近い場所は一番隊の部屋だけ、毎晩交代で布団を敷くようになった。
他の隊の隊士たちから質問もあったが、その理由は毎年の如く誰も答える事無かった――。

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1/16
「神谷さん…」
「んー…」
「神谷さん…」
「うぅぅん…」
「神谷さん…」
「…る…さい…」
総司の呼び掛けに苛立ちを声に乗せ、セイは彼を傍から放すように大きく手を振った。
勿論その手は易々とかわされ、ぱたりと落ちる。
――総司の布団の上に。
「貴方寝るならきちんと自分の布団で眠りなさいよ。どうして人の布団の上で寝るんですかぁ」
想像は容易だ。
上司である総司が風呂に入っている間に布団を敷いて、すぐにでも寝れるようにしてやろうというセイの心遣いだ。
上下関係が厳しい隊なら、そういう事をさせる慣習ができているらしいが、総司はさせていない。
寧ろ、気がついたらすぐに自分の世話を焼こうとするセイに自分でやるから止めてくれと言い続けている。
しかも、今は隊の編成も変わって、セイは一番隊の隊士でもなければ、彼女の部屋は、襖ので遮った続き間の向こう。
布団を敷いたらそこまで戻って、眠るだけのはずなに。
「何故ここで力尽きて眠っちゃうんですか…」
恐らくは総司を待ってから眠りに就こうとしたのだろうけれど。
「だから、待たなくていいって何度も言ってるのに…」
まだセイの事を女子として、恋しい相手として見ていなかった頃なら、このまま布団をかけてやり、一緒に眠っていただろう。
まぁ。百歩譲って、隊士部屋で隣に眠っていた頃も、周りに他の隊士たちもいるし、自制も利くから仕方なしと、セイの布団を引っ張ってかけてやり、眠っただろう。
けれど。
今は違う。
組長一人ひとり個別に部屋を与えられ。
本来なら隣の部屋にいるはずの近藤は今日も妾宅へ帰っている。
完全な二人っきり。
「そんな所で一緒になんて…眠れるはずないじゃないですかぁ」
涙を零しながら、総司はその場に打ちひしがれる。
「起きてください。起きてくださいよぉ。神谷さん」
セイの肩を掴み、体を揺するが一向に起きる気配は無い。
寧ろ少女の柔らかい体に触れ、イロイロと危機一髪だ。
「…うぅ…ちゃんと寝ますよぇ。寝ますぅ…分かってますぅ」
どうにかセイが目を覚まし、寝惚け眼で呟くと、総司を見た。
起きてくれたセイに僥倖とばかりに総司は表情を明るくしたが、
「寝ますよぉ…」
と言って、セイはそのまま総司の布団の中に入り再度眠りに就いた。
「かみやさぁ~んっ!」
総司が悲鳴を上げるが、最早セイの耳には届かず、彼女は夢の中。

そんなに一緒に眠れないっていうなら隣の部屋に敷いてあるセイちゃんの布団で眠れば良いのに。
なんてツッコミが入ったり。入らなかったり。
「それはそれで問題があるんですぅ…」
と、総司が呟いてみたり。

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12/27
「そうじゃないんですっ!」
セイは必死の形相で総司を見るが、彼はぽかんとして彼女を見返した。
「…そうじゃないって…それじゃ神谷さんはどうして欲しいんですか?」
「そうじゃないんです…ごめんなさい…でも…違うんです…」
己の中に湧き上がる葛藤や思考に彼女自身でも歯止めが利かず沸いてくるのか、セイは詫びながらもそれでも必死に総司に己の想いを理解してもらおうと言葉を発するが、もやは意味のある言葉にはならず、泣きじゃくり始めた。
「ああ…もう。ほら、こっちへいらっしゃい」
座っていた総司が手招きすると、セイはしゃくり上げ、ぽろぽろと涙を零しながら素直に総司の誘いに従い、彼の胸の中に納まった。
「うぅ~」
総司の腕の中で、しがみ付いて彼の胸に顔を押し付けるように背に手を回すと呻いた。
仕方なしに彼はセイの月代に手を触れると、優しく撫でる。
「全くもう。貴方ときたら…」
そう優しく囁くと、総司は苦笑する。
セイが突然怒り始めた原因は分からない。きっと彼女自身もよく分からないだろう。
以前彼女が恥ずかしそうに呟いた事がある。
『お馬前になると感情の起伏が激しくなって、時に他愛も無い理由で物凄く傷ついたり、腹が立ったりするんです』
男所帯の中、まさか大っぴらにそんな理由を掲げ理解してもらう訳にもいかない。だから普段は出来るだけそんな自分を予め察知し、抑えるようにするのだという。
総司自身も最初は気づかなかった。
セイも気をつけていたからだ。
けれど、最近のセイはそんな感情が多感になる時、総司の前では素直に溢れ出る感情を見せるようになった。
「…甘えたさんなんですから」
「違いますっ!甘えてません!」
総司の胸の中でセイはばっと顔を上げ、反論するが、感情のまま素直に涙を零し続ける今の彼女に説得力は無い。
怒りたい時に怒って。
泣きたい時に泣いて。
そして甘えたい時に素直に甘える。
お馬が始まるほんの数日間だけのセイのそうした表情や行動は、最初、男の総司には扱いかねてどうしたらいいのか分からなくなっていたが、最近その考えも変わってきた。
元来素直な性格とはいえ、普段己を律している彼女の表情と比べ物にならないくらい、感情をむき出しにしたセイは魅力的だった。
そして。
自分にだけ我侭というのが、また堪らない。
「いいですよ~一杯甘えてくださいな。今の時の貴女が一番可愛いんですから」
「かっ…可愛くなんかないですもんっ!」
顔を真っ赤にして、目を潤ませて反論するセイは総司にとって瞬殺ものだ。
もう一つ彼女にはまっていく理由。
どれだけ反論しようが、癇癪を起こそうが、いつもセイは総司の腕の中から逃げる事をしない。
自分の感情を素直に曝け出しても受け止めて甘えられる、落ち着ける場所がそこであると認めているからだ。
そんな彼女の些細な感情溢れ出る行動が益々総司を虜にしていく。
「大好きですよ」
「…私も…デス…」
俯いて、それでも頬を赤く染めて小さく呟く、セイ。

可愛くて。可愛くて堪らない。

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10/30

サヤサヤサヤ。
座り込んだ総司の肩上まで伸びる草が風に揺られ、時折彼の頬を擽る。

ふと、空を仰ぎ、そして、ほぅと長い息を吐いた。
そしてそのまま暫し静止し、まるで置物のように身動ぎせず、空を見上げ続けた。
秋も深まり、冬の気配がそろそろと近づいてきたこの頃は、夏の高揚してしまうような青空とはまた違った、淡いそれでいて澄んだ大気に包まれるような何処か心落ち着かせる空が目の前に広がる。

カサリ。
草を人が踏みしめる音が小さく響いたと意識がそちらへ向いたと同時に、横に小さく温かい温もりが彼の肩に触れた。

「神谷さん。どうしたんですか?」
総司は寄り添うように隣に座るセイに声をかけるが、彼女は何も答えないままつい今までの彼と同じように空を見上げた。
「探しに来たんですか?誰か呼んでました?」
もしそうなら戻らなくてはと総司が問うと、彼女は首を横に振るだけで、口を開く事は無かった。
「それなら、私はもう少し一人でここにいますからお先にお帰りなさい。一緒にいると寒くなりますよ。まだ秋とはいえ、そろそろ寒くなってきましたし」
そう言うと、セイはおもむろに総司の肩に頬を寄せ、そしてやはり何も言わずにそのまま寄り添った。

何を尋ねても何も答えず、口を開く事も無い少女に総司は溜息を吐くと、彼は彼女に語りかける事を止め、また空を仰いだ。

サヤサヤサヤ。
響く風に揺れる草の音。
頬を撫でる乾いた空気。
空を流れる雲は風に煽られ常に姿を変え、そして山の彼方へ次々と消えていく。

ほぅ。とまた息を吐くと、彼の肩に寄りかかるセイの体が揺れる。
触れる場所から溶け込んでくる熱が、総司の中に浸透し、芯を優しく温めた。
夢心地のような、そんな感覚が彼の思考に靄をかけ、全身から力が抜けていく。

風も光も空気も。
空も大地も草も。

全てが彼に優しく触れ、そして彼の奥底で固まっていたものを優しく解す。
それはきっと人としての理性だったり、利己心だったり、常識だったりする。
人が生きていく為に囚われているもの。
人が生きていく為に囚われていくもの。
そういったものが全て彼の中からふわりと開放され、そして空気になって溶けていく。

そうやってどのくらいの間そうしていただろうか。
気が付けば、陽は落ち始め、周囲は暗くなり始めていた。
温かかった空気も、徐々に冷たくなっていく。

――隣にはずっと変わらず熱があり続けた。

そっと覗き見ると、セイは顔を上げ、そして笑顔を見せた。

「そろそろ帰りましょうか?」

ここに来て、初めて口を開き、そして微笑むセイに総司は目を見開き、そして苦笑した。

「敵いませんねぇ…」

きっと、彼女は知っていた。
彼が少し疲れて、一人になりたがっていた事を。
そして、ここで少し休む事で、また力を取り戻していた事を。
何も語らず隣に寄り添う熱は、彼の背中をそっと支え続けていた。
また、人の世界に戻る為に。

「帰りましょうか」
「はい」

私たちの帰る場所へ。

空にはひとつふたつと星が瞬き始めていた――。

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8/26

赤い血が雨の中に飛散する。
無色透明な雫が赤い飛沫を泡沫に変えてゆく。
総司は構えたままの刀を振り払い、赤い露を飛ばした。
――サァ。
雨音が鼓膜を震わす。
彼の鼓動と共鳴し、ゆっくりと彼を鬼から人へと戻してゆく。
強くなる雨脚は彼の全身に染まった赤をゆっくりと土へと還していった。
――カチリ。
振り下ろしたままの刀を徐に鞘に納めると彼は視線を落とした。

――目の前には静かに一つの体が横たわっている。
魂は既にこの世に無い。

「……」
慣れている。
こんな光景には。
「……」
刀を握る。その間だけは武士として心が揺らぐ事無い。
己の誠を貫くだけだ。
「…そう思っていたはずなんですけどねぇ」
笑おうと思って、――上手く笑えなかった。
体が冷えたせいだろうか。
「全くもう…。神谷さんのせいですよ……」
そう呟いて――今度は笑みが自然と浮かんだ。

目の前の男が何者か総司は知らない。
どういう素性の者なのかも。何故消される事になったのかも。
ただ、指示を受け、それを全うしただけだ。
それはいつもの事。

「彼にも…愛しい人がいたんでしょうかね……」

目を閉じて浮かぶのは、セイの笑顔。
今この時もきっと総司の帰りを待っているだろう。

いつもの事。
武士だから。
と思っていた。――何も分かっていなかった。
――セイへの想いを知るまで。

最後の刀を交わすその瞬間、浮かんだのは、対峙する男の帰りを待つ人がいるのだろうか。という事。

――雨が更に激しく彼に打ち付ける。
ちくりと響いた痛みを取り除くように――。

「帰ったら神谷さんに甘いお菓子を用意してもらって、お茶を入れてもらいましょう」

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8/13
「……神谷さん…」
先生の声が聞こえる。
少し低くてそして優しく耳に響く先生の声。
「…ふふっ……」
笑ってる。
嬉しそうに。楽しそうに。
先生が嬉しいと、私もぽっと胸の奥があったかくなります。
「…神谷さん…」
はい。とそう応えたいのに、閉じたままの瞼や、ゆっくり吐き出される息は私が夢から覚めるのを許してくれません。
さらりと先生の大きな掌が前髪を擽ります。
優しく。
ゆっくりと。
掌の温かい温度が額や頬を伝って空気のように私の中に浸透していきます。
「ねぇ…もし私が……」
少し寂しそうに響く、先生の声。
泣いているんですか?…先生が?
触れる掌は少しざらりと硬くなり。
染み込んでくる温かい空気は涙のように変わり、私の胸をきゅうっと締め付けます。
「……」
先生の袴の衣擦れの音が聞こえます。
きっと私が先生の掌に頬を摺り寄せたから驚いたのでしょう。
けれど、これが今の私の精一杯。
まどろみはまだ私を放してくれません。
「…神谷さん…」
先生はまたふふっと嬉しそうに声を零します。
よかった。
先生、また元気になってくれた。
私が転寝から起きたら、何か甘いものでも食べに行きましょうね。
「……」
また、先生の袴の衣擦れの音がします。
優しいような、戸惑うような。
「……セイ…」
柔らかな感触が、唇に優しく触れました。