ちち

全然そんなつもり無かったんですよ。
本当に、偶々、偶然に、事故だったんですよ。
え?何に動揺しているかさっぱり分からないですって?…それはぁ…その…察してくださいよ!
これだけで何を察するんだっですって?そうですか?分かりませんか?…だって言い辛いんですもん。
あのですね。その、内緒ですよ。その、昨日、偶々、神谷さんが転びそうになって、その時やっぱり咄嗟に手が出るじゃないですか。
勿論助けようとしてですよ!そのままぎゅっとできるなんて役得!なんてそんな疚しい気持ち少しもこれっぽっちもありません!
で、ですね、その時、偶々…ふにっと…あれが…、その…ち…乳を握ってしまって…。
なぁんだそんな事か。じゃないですよ!だって乳ですよ!女子ですよ!好きでもない男に触れられたくないじゃないですか!
好きでもない男…へ…凹んでませんから!
握るほど大きかったかって?いえ。残念ながら握るってほどでも無くって。でもでもその時は鎖付けてなかったから柔らかかったです!ふにって言うかふにゃっていうか!それに神谷さんの乳に触れたと思ったら思わず…。って何言わせるんですかっ!
前にも触った事あるだろうって?ソウデスケド…でも日に日に神谷さんの事どんどん好きになってって…あの頃よりずーっとずーっと心臓ぶっ飛ぶんじゃないかってくらい最近毎日どきどきが大きくなっていくんですよ!それなのにそんな時に乳に触っちゃったんですよ!
そんな私の気持ちなんて少しも気付かずに、神谷さんってばいつも通り男前で、「すみませんでした」とか言って、平然と体勢を戻したかと思ったらすたすた歩いていっちゃうんです。
私ばっかりどきどきして。何だか寂しかったです。
神谷さんも少しくらいどきどきしてくれたらいいのに…。って、私は生涯独り身を貫くつもりですから!そんな風にどきどきしてくれたからって何も無いんですけどね!
「沖田先生!」
「はいっ!」
私が一人悶々としている間に、神谷さんがいつの間にか私の前にいて、こちらをじっと見つめていました。
ああ。やっぱり可愛いなぁ。
それにちゃんと女子なんですよねぇ。乳だってあんなに柔らかかったし…。
「巡察の時間ですよ!皆待ってます!」
神谷さんはきっと私を睨みつけます。私は恥ずかしくて思わず目を逸らしてしまいました。
神谷さんは恥ずかしくないんでしょうか。
だって乳を触ったんですよ。まだ掌に感触だって残ってるのに…。
こうやって目を合わせてドキドキするのは私だけなんですかねぇ。
「…その締りの無い顔をどうにかしてください!そんな顔で巡察なんて出られたら新選組の恥です!」
呆れの溜息が聞こえてきます。やっぱり男前な神谷さんにとって乳を触られる事くらい平気なんですかね。
それとも私の他の誰かにも触られた事があるから慣れてるのでしょうか。
……!
「神谷さんは乳を触られるの慣れてるんですかっ!?」
「はいっ!?」
大変な事です。それは由々しき事です。あの小ぶりだけど!ささやかだけど!柔らかい神谷さんの乳に私の他の誰かに触られてたら大変な事です!
神谷さん!目を丸くしている場合じゃありません!これは大変な問題ですよ!
がんっ!
目の前を一瞬火花が飛びました。
神谷さんどんどん素早くなっていきますね。大事な問題に集中し過ぎて交わすのが遅れました。頬が痛い…。
「アンタはバカですか!ずっとそんな事考えてたんですかっ!珍しく考え事してるから心配してみれば…そんな理由!」
『そんな理由』ですか!
神谷さんにとって私以外の誰かに乳を触れられたかもしれないという事が、『そんな理由』ですか!
「神谷さん!これは大事な問題ですよ!」
「阿呆!阿呆!阿呆!昨日のは偶々じゃないですか!それにそんな誰にでも…乳…触らせてたら私が…女子…だってばれるじゃないですか!」
私を殴った拳を震わせながら、神谷さんはこちらを睨みつけます。
ああ。そうか。そうですよね。
「私以外の人が触ったりしてないんですよね!」
「はいっ!?」
「ねっ!」
これだけは譲れない問題です。大事です。何よりも大変な問題です。
「……触らせてませんよ…」
「よかったぁ」
安心して力が抜けました。
顔を真っ赤にして少し目を逸らす神谷さんも可愛いなぁ。ドキドキするなぁ。ぎゅってしたいなぁ。また乳触りたいなぁ…って私、今何考えてましたっ!?
「納得したなら行きますよ!」
「はいっ!?」
「巡察!」
「あ、そうでした!」
そう言って私は立ち上がろうとすると、自分で自分の袴の裾を踏んでしまいました。
「わぁっ!」
「きゃあっ!」
目の前でしゃがみ込んでいた神谷さんを思わず押し倒してしまいます。
ふにっ。
「あ」
思わず床に手を付こうとして、片手が神谷さんの乳へ…。
ふにっ。…ふにふにっ。
あ。手が思わず神谷さんの小ぶりな乳を揉んでしまいます。
「!」
「あの…その…手が…離れません…」
どがんっ!
「っっ!!」
神谷さんっ!そこはダメですっ!巡察行けなくなりますっ!
強烈な痛みに悶絶しながら、私は少しつまらないな。と思いました。
きっと神谷さんがいいよって言ってくれて触れられたら物凄く嬉しいのに。なんて。

2012.09.23