証言其の四 土方
ばりばりばり。
止む事を無く続く、固い物を砕く咀嚼音。当然想像されるのは煎餅であって、この音が何時まで続くのかと言えば、それは煎餅が目の前から無くなるまで。
「聞いてくださいよ。土方さん。それでね。大阪の良い店がまた水菓子が美味しいんですよ」
ばりばりと煎餅を食べ続けながら、遠出の内容を楽しそうに語る総司。
目の前で持っている筆をぶらぶらさせながら、聞いているのか聞いていないのか、それでも仕事の邪魔だと追い出さないあたり、彼の優しさなのだろう、土方は聞き耳を立てながら、語り続ける総司を放置する。
-----と言うのはいつもの光景。今の土方は額に青筋を立てながら、怒りにふるふると震えていた。
「・・・総司。お前が勝手に喋り倒すのはいつもの事だから諦めも付くが・・・何なんだその童は!」
ばりばりと片手で煎餅を掴み食べながら、にこにこと話す総司の胸元にはしっかりとセイが抱き込まれていた。
すっかり暴れ疲れたのか、顔を真っ赤にしながら、セイは大人しくされるがままとなっていた。
「だってぇ。土方さんとお話したかったんですけど、神谷さんどっか行っちゃうんですよ」
そう言って総司はセイを抱き直す。
「文法が成り立ってない!どうして俺と神谷が関係あるんだ!?」
「えー。神谷さん抱っこすると落ち着くんですよ。でも七日分土方さんと近藤先生とお話したかったし。だから両方取ったんです!」
寒イボを立てる土方の横で、満足気に総司は胸を張る。
「・・・だから言ったじゃないですか。副長が嫌がるって・・・」
「神谷さんが逃げるからでしょっ」
「もう逃げませんから・・・下ろして頂けませんか?」
はぅっと溜息を吐くセイを見下ろし、総司は暫し無言になるが、やがて結論が出たのか。きゅっと抱き締め直す。
「駄目です!神谷さんはここにいるんです!」
そればかりを主張する総司に土方とセイは同時に溜息を吐いた。
「衆道は嫌いだと言ってるだろう。いちゃつくなら出て行け」
「衆道じゃないですよ。仲良しさんだから一緒にいるんです」
衆道と言われるのは微妙だが、言い換えれば恋仲だと思われる事。
それをあっさり否定する総司にはセイの女子としての心が痛んでいる事は勿論知る良しも無い。
「神谷さんって何て言うんですか?抱っこしていると、ほら、大きな人形とか、日干しにした布団をぎゅっと抱き締める時のあの何ともいえない幸せな感覚になるんですよね」
にこにこと無邪気に笑う総司に、土方は愕然とする。
総司よ・・・。それを恋心と言うのが何故気付かない。
衆道嫌いではあるが、余りの総司の野暮天振りには半ば呆れると同時に、悪戯心が生まれてくる。
「ほう。そんなに抱き心地が良いというのなら俺にも貸してもらおうか」
べりっと総司の隙をついてセイを彼から引き剥がすと、自分の腕の中にぎゅっと抱き込む。
「ぎゃーっ!何するんですかフクチョーっ!」
暴れて抵抗するが、力で勝てるはずも無く、セイは空しく土方の腕の中でもがく。
「黙ってろ!総司が抱き心地が良いって言うんだ、俺が借りても文句はねぇだろっ!」
「私は物じゃありません!」
「総司の物は俺の物だ!」
「何処かのガキ大将みたいな事を言わないで下さい!」
ぐいっと、顎のしたから手を伸ばし、土方の顔を仰け反らせ、逃げようとするが、逃れられず、抵抗するその手を逆に掴まれる。
「てんめぇ・・・大人しくしろっ!」
土方がぐいっとセイに顔を近づけた。一瞬間近にあった顔にセイは顔を赤くするが、それも直ぐに後悔する事になる。
ごぃぃん。
容赦無しの頭突きを食らった。
「・・・いったー。普通しますか!?頭突きなんてっ!」
「てめーがいくらやっても大人しくならねーからだろ!」
痛みに思わず額を押さえ撫でるセイに、土方も額を赤く腫らしながら言い返す。
二人が不毛な言い争いをしている間に、総司がすくっと立ち上がり、ずかずかと二人の前に立つ。
「沖田先生・・・?」
セイは彼の行動が理解できずに不思議そうに見上げた。
顰めっ面で、不機嫌そうな顔を。
次の瞬間、無言でセイの腰を掴んだかと思うと、抱え上げられ、総司の腕の中に納まっていた。
「!?」
セイには彼の起こす行動の意味が分からずに、疑問符を頭の上に浮かべ続ける。
「お邪魔しました。土方さん」
「おう。もう話は終わりか?」
相変わらず眉間に皺を寄せたままの総司に、土方はニヤニヤと挑発的に笑ってみせる。
「・・・土方さんの意地悪・・・」
ぼそっとそれだけを呟くと、総司はセイを抱えたまま、障子を開け、出て行ってしまった。
残された土方はニヤニヤと笑い続ける。
「まぁ。あいつにもね・・・。衆道ってのが解せねぇが」
近藤に話す事が一つ出来たと、土方は笑みを浮かべ続けた。