4.甘党なんです3

証言其の参 斎藤

沖田さんは一週間の遠出中。
その間清三郎は自分を頼りにしてくれ、嬉しかったりした数日。
沖田さんが帰ってきた後も、こうして自分を訪ね、稽古を頼まれるのはやはり嬉しいものだ。
例えその原因が沖田さん絡みだとしても。

なんて思っていたのはつい先の話だ。今は心の中の良き思い出となり、既に風化し始めている。
今の光景を見ていれば。
「神谷さん!どうして逃げるんですか!?」
「先生こそどうして追いかけてくるんですか!?」
「貴方が逃げるからでしょ!」
「逃げなきゃ抱きつくでしょ!」
「当たり前じゃないですか!」
何が当たり前なのだ。沖田総司。
斎藤はそう心の中で突っ込みを入れながら、ほぼ全速力で道場の中を彼を中心にぐるぐると追い駆けっこを繰り返す二人を見詰める。
沖田さんが神谷のケツを追い駆けている。何か似たような言い回しがあった気がする。いや。清三郎は男だが。
どちらにせよ、総司が誰かの後ろを執拗に追い駆ける事など今まで見た事がが無い。
近藤や土方に対してさえも。だからなのか、二人のやり取りは酷く滑稽に見えてならない。そして。
結局俺は何なのだ。
と考えずにはいられない。
清三郎と二人で稽古をしていたはずが、そこに突然声を張り上げて「神谷さんいますか!?」と声が響き、返答を返す間も与えず、ずかずかと総司が乗り込んできて、今に至る。
二人のやり取りを止めようにも止められない。いや、止め辛い。
このまま止めてしまえば、確実に清三郎は総司の餌食となってしまうだろう。
どういった経緯で総司がここまで暴走するのかも分からないが。
いつまでも見守っているという訳にもいかない。
斉藤がそう思案しているところに、突然柔らかい何かががばりと顔に張り付いてきた。
「あーーーーーー!!」
苛立ちを露に総司が声を上げる。
耐えられなくなった清三郎は斉藤に助けを求め、少しでも総司から遠く離れようとしているのか、彼の頭にしがみ付いた。
丁度、立ち尽くす斉藤が清三郎の胸元に埋められるような格好。
所謂だっこちゃん状態となっていた。
「うわーん。助けてください!兄上!」
甘えるように涙声で清三郎が自分に助けを求めている。
どっきゅんと高鳴る鼓動を押さえ、斎藤はまず自分が平常心を保つ事に専念する。
「神谷さん!どうして私が抱きつくと逃げるくせに斎藤さんには自分から抱きつくんですか!斎藤さんも斉藤さんです!甘やかさないで下さい!」
斎藤は抱きつかれた衝撃と、何故自分が悪者にならなければならないのか自問自答をする。
「甘やかすって何ですか!?先生が無闇やたらと抱きつくから逃げるんじゃないですか!」
斎藤の頭の上から清三郎は猶も抵抗を続ける。
「久し振りに帰ってきたんですもん!抱きつくくらい好きにさせてくださいよ!」
「抱きつかれる身になって下さい!」
「それはそっくりそのまま今の貴方にお返しします!斎藤さんが迷惑してるでしょっ!」
「そんな事ないですんもんねー」
そう言って、清三郎は斎藤の頭をぎゅーっと胸元に抱え込む。
「あーーーーーっ!!・・・もうっ!神谷さんが抱きついても良いのは私だけですっ!」
ばりっ。
総司は勢い良く斎藤の頭から清三郎を剥がすと。彼の衝撃の発言に暫し放心していた清三郎をしっかりと抱え込む。
やがて抱き込まれる感触に我を取り戻すと、清三郎は再び手足をばたばたと動かして逃げ出そうとする。
「兄上ぇぇぇぇぇ!」
「駄目です!神谷さんは今日は私と一緒にいるんです!」
ぎゅうと抱き込まれた清三郎は自然総司の首に腕を回さなければ落ちる事を余儀なくされ、反射的にしがみ付く。
「それではお邪魔しましたー」
「兄上ぇぇ~」
総司が鼻歌を歌いながら道場を去る。
落ちないよう彼の首にしがみ付きながらも、必死にこちらに向かって手を伸ばす清三郎の姿が痛々しい。
「で・・・結局、誰が邪魔で、誰の喧嘩で、ノロケなんだ?」
斎藤の心の中には空虚な風が吹く。