4.甘党なんです2

証言其の弐 原田・永倉・藤堂

「あれ?総司じゃん?」
晴天の下、午前中の稽古を終え、屯所の縁側で休息を取っていた三人は、他愛も無い話に盛り上がっていた。
その話が何だったのかと聞かれれば、何だったろうかと本人たちが首を傾げる程、内容の無い話ではあったが、笑いのツボに入ったらしく一通り笑ったところで、藤堂が外を一人で歩く総司の姿を見つけた。
ふらりふらりというか、のそりのそりというか、重い足取りで、ふらふらとうろついては足を止め、周囲をきょろきょろ見渡しては、また歩き出す。
「あいつ、あんな所で何してるんだ?」
土間から盗んできた饅頭に原田は噛りつきながら、総司の不審な行動に首を傾げる。
「今日、遠出帰りだよね。もう帰ってきたんだ」
「つーか平助。お前、今日の朝の神谷の怒声聞いてなかったのか?」
のほほんと呟く藤堂に、永倉呆れたように溜息を吐く。
「え?何かあったの?オレ熟睡してたから気が付かなかったんだよね」
「総司の奴、朝から神谷、襲ったらしいぞ」
「ついに襲ったの?」
素直な反応を見せる藤堂に原田は冷やかす様に笑ってみせる。
「らしいぞ。だから、あれはどう見ても、神谷を探してるんだろ」
溜息を吐いて、永倉は未だうろうろする総司を見た。
木の影をふらりと覗いてみたり、床下を覗いたりしては、総司は顔を上げ、捨てられた子犬のように今にも泣きそうな顔を見せると、「神谷さぁ~ん」と泣き声を上げる。
「ほらな」
突っ込む永倉に藤堂は溜息を吐く。
「総司・・・」
「ちなみに左の頬が赤く腫れているのは、神谷に拒まれた証だそうだ。あいつも一人前に好きな奴押し倒せるようになったんだ。進歩したよなぁ」
笑って語る原田を諌めれば良いのか、一緒に喜べば良いのか、藤堂としては複雑な心境で苦笑する。
「衆道だけど。神谷が可愛いからありなのか。微妙だけどな。土方さんはまず嫌がるだろうし」
「取敢えず、可哀想だから呼んであげようよ。おーい総司ー!」
「あ!馬鹿!」
「呼ぶなって!」
声を掛ける藤堂を止めようと、慌てて二人は彼の口を塞ぐように後ろから羽交い絞めにするが、時既に遅し、総司は三人の姿に気がつくと、嬉しそうに顔を上げ、飛んでくる。
「こんな所で休憩中ですか!?」
「うん。総司は?」
「神谷さんを探しているんです!酷いですよねあの人!人が折角気持ち良く眠ってたのに、ぱーで思いっきり叩くんですよ!ぱーでっ!」
そう言って総司は自分の手の平を見せ、ぐーぱーぐーぱーと開いたり閉じたりして見せる。
「しかも朝ご飯の時は離れて座るし、近づこうとしたら逃げるし。今も一緒に甘い物食べに行こうと思ったのにいないんですよ!」
「うんうん。成程ね。でもね、総司。いくら神谷が小さいからって、井戸の中とか、用具入れの中には落ちてないと思うよ」
総司の主張も探す場所もどう考えても可笑しいだろうと原田も永倉も心の中で突っ込みを入れてしまうが、至って真面目な顔をして総司の話に耳を貸し、諭す藤堂。滑稽を通り越して尊敬してしまう。
「言われてみればそーですよねー。あはは。神谷さん知りません?」
「あはは」って爽やかに笑う程度か?と突っ込みを更に入れたいところをぐっと堪え、二人のやり取りを見守る原田と永倉。
「オレたちの稽古が終わった後、斉藤と道場で稽古していたよ」
藤堂が告げると同時に、総司の表情が険しくなり、むっと口をへの字に曲げる。
予想通りの反応に見守っていた二人は天を仰ぐ。
「私からは逃げるくせに、どうして斉藤さんとは一緒にいるんですか」
「総司、今日神谷押し倒したんだって?」
「・・・おっ!?」
突然の問い掛けに、今度は総司が驚いて問い返すが、朝の出来事を言っているのだろう事に気付いて、「ああ」と返答する。
「押し倒してないですよ。一緒に寝ようって誘っただけです。変な言い方は止めてください」
「別に神谷じゃなくったっていいじゃん」
「それは・・・」
「神谷だって突然一緒に寝ようって言ったら驚くよ。だから恥ずかしくって総司、避けられてるんじゃないの?」
「えぇ?どうしてそれで恥ずかしがるんです?だっていつも一緒じゃないですか。七日ぶりなんですよ。久し振りに会えたんですよ。どうして避けるんですか?しかも斉藤さんとばっかり一緒にいて。私がいない間だってどうせずっと一緒にいたんでしょう。だったら私が帰ってきたんだから、私の傍にいれば良いじゃないですか」
むーっと顔を怒りで赤くして、少々怒気とイジケが入りながら、主張する総司。言いたい事を言い尽くしたのか荒い息を吐きながら向き直る。
「神谷さんのところに行ってきます」
顰めっ面のまま、総司はそれだけを言うと去っていった。
確かに神谷は毎日斉藤と一緒にいたなーなんて事を思いながら、呆けたままその場に残された三人組。
藤堂が最初に口を開いた。
「ねぇ・・・。あれで、総司、自覚無いの?」
「全くねぇんだなー。あれで」
首を横に振る、原田。
「お前、あれと一緒に遠出してみろよ。朝から晩まであれを聞かされるんだぞ。『神谷さん何してるかなー』とか『神谷さんに見せてあげたいなー』とか」
過去に総司と共に遠出に言った事のある永倉はうんざりとした顔で溜息を吐く。
総司の主張は誰がどう聞いても男の悋気と独占欲。
「自覚が無い分、また歯止めが利かず恐ろしい・・・」
「しかも考えが幼いときたもんだ」
原田と永倉が溜息を吐く姿を見て、藤堂もまた苦笑した。
「いっそ自覚ある方が、二人とも毎日楽しくなるんだろうにね。勿体無い」
そこで周りに迷惑が掛からずに済むのにねと言わないお前は良い奴だと原田と永倉は心で涙を流した。