証言其の壱 山口・相田
その日二人は久し振りの非番にのんびりと寛いでいた。
西本願寺の境内のに面する縁側で微睡んでいた二人はふと、屯所側のみると、同じように何をする事も無く、彼らと同様のどかに過ごしている者たちがちらほら見られ、こんなにのどかで良いのかと逆に苦笑してしまう。
そういえば。と話を持ち出したのはどちらが先だったか。
「沖田先生。昨夜お戻りになられたんだっけ?」
穏やかに流れる雲を見詰めながら、何処か遠い目をする相田。
「あぁ・・・。今朝は神谷の悲鳴で目が覚めたからな」
そう言って静かに心の涙を流す山口。
「あの人は・・・自覚無いんだろうなぁ・・・」
「だろーなぁ・・・」
青い空はあんなにも眩しかっただろうか。思わず目が眩んでしまう程の眩しさに二人は眩暈を感じた。
単なる寝不足だ。
彼らの上司はほんの七日程の短い遠出の仕事に出ていた。
事情は勿論知らない。幹部の人間が数日屯所を空ける事など珍しく無いからだ。
だから出番の日は代わりに他の隊の幹部が付いたり、合同で行ったり、もしくは当番を変更したりする。その結果が隊士たちには伝えられるのみだった。
今日はその七日ぶりに総司が帰ってくる日だった。
誰よりも大きな反応をするのは、言わずもがな神谷清三郎。総司が遠出に出て行った時の落ち込みようもなかったが、帰ってくる日の喜びようもなかった。
一日中にこにこと笑顔を振り撒いて、そのままノックアウトされた者多数。
それだけ誰が誰が見ても『大好きオーラ』を放っているのに気付いていないのは総司くらいなものだろう。
所詮自分に向けられた笑顔ではないにせよ、彼が喜んでいると周りで見守っている彼らも嬉しかった。
本来なら総司は本日の昼に帰ってくるという話を聞いていた。しかし実際は予想よりも随分早く着いたらしい。
それが今朝の事件へと繋がる。
まだ空が闇に覆われ、白々と明ける太陽の光に、朝靄が流れていた頃、突然それは起こった。
「うきゃぁぁぁぁぁ!!」
一瞬女子と紛うかも知れない悲鳴。
眠っていた一番隊隊士は一斉に飛び起き、それが清三郎の悲鳴である事を思い出すのに数秒を要した。そして、ばっと一斉に集中される視線。
清三郎は半身を起こしたまま、顔を真っ赤にしてふるふると震えていた。
その腰にひしっとしがみ付くのは、遠出でいないはずの彼らの上司。
震える少年が口を開き、息を吸ったと思った時にはもう遅い。
「何やってるんですか!?沖田先生!?」
鼓膜を突き破るような怒声が屯所に響いた。
耳の奥が未だ振るえ、キンキンと声の残る耳を押さえる隊士たちの横で、怒られた当の本人は少しも動じず、眠そうに目を擦る。
「ただいま帰りました。神谷さん」
などと言ってヘラヘラ笑う始末。そんな彼に流石の清三郎も何も言えず、それでいて、一番最初に自分の所に来て、ただいまと言われた事が嬉しいのだろう。赤くなったまま、「おかえりなさい」と小さく呟く。しかしここで押されて負けっぱなしの彼では無い。ばっと顔を上げると、総司を果敢に睨み付ける。
「でも!先生!ご自分の布団で寝て下さい!どうして私の布団で一緒に寝てるんですか!?」
「・・・だってぇ、私の布団を引く場所が無かったし・・疲れてたし・・・眠かったし・・・・・・神谷さんと私仲良しさんなんだからいいじゃないですか・・・・」
清三郎の腰から腕を放し、渋々もそもそと起き上がり、寝不足で不機嫌なままの総司は彼を見上げる。
「それとこれとは別です!」
総司の目を見て、赤くなりながらもきっぱりと言い切る清三郎に、総司は暫し沈黙する。
果たしてそれは怒っているのか、悲しんでいるのか、寝ぼけているのか、ただ夢の中にいるのか。
清三郎本人を含め、総司の次の行動を待ち、息を呑む隊士たち。
総司の体が揺れる。
動いた。と想った瞬間、清三郎の首に総司の腕が巻きつき、慣性の法則に逆らえないまま、清三郎はそのまま総司と共に布団へ戻された。
動こうとしようにもがっちりと固めを掛けられて動けない。
「うわーん。先生!起きて下さいっ!」
「駄目ですぅ。神谷さんも一緒にねるんですぅ~」
「ぎゃーはーなーせー」
暴れる度に離すまいと、固めを掛けられる力は強くなっていく。
「皆さん!見てないで助けて下さいよ!」
「・・・・・そんな事したら、どうなるか分かってますよね・・・・・」
「先生絶対目が覚めてるでしょっ!そうでしょっ!」
「神谷さんあったかぁい・・・」
「うきゃあっ!変なところ触るなっ!うわぁんっ」
最早どうしたら良いのか微動にさえ出来ない哀れな隊士たち。
果たして清三郎を助けた方が良いのか。しかしそうすると総司が怖い。
そして傍から見ればただの恋人同士のじゃれあいにしか見えない。
二人を見守ろうと誓ったけれど、それでも涙が頬を伝う。
彼らのとった結論は。
「・・・じゃあ神谷。成仏してくれよ」
見ない振りをすることだった。
「裏切り者ーーーーー!」
「・・・神谷さん煩いです・・・」
「だったら放せっ!黒ヒラメ!」
悲鳴が聞えてくるような気もするが、それはただの幻聴。
蒼い。何処までも青い空を見上げ、山口と相田は深く溜息を吐いた。