14.着物越しの温もり5

セイは毎日仕事をこなすだけだった。仕事と言っても総司に外出を禁止されているから、屯所の中でひたすら雑用に追われるのみ。賄い方、会計方の手伝いをするという毎日が続いていた。
そうして仕事を終えると、早々に部屋に篭る。総司に他の隊士たちとの交流も極力絶たれ、同室にいる事も禁じられたから、当てられた部屋に戻ると、食事や厠で席を立つ以外じっと一人正座を続けた。
彼女は毎日それだけを繰り返す。
総司のそこまで徹底的なセイの他者との断絶を不審に思った人間もいたが、セイが余りに冷静にいつも通りいるので、不思議と首を傾げる者も多かった。
そんな時、一人の隊士がセイの元を訪れてきた。外出禁止とは言われたが、指示として屯所内で人と会う事は禁じられていない。ただ、余りにも総司の不可解な行動に、実際セイの元へ出向くのも、隊士たちは何となく足踏み状態だった。
「神谷さん」
「はい?」
訪れた隊士に、セイは瞑っていた目を開け、彼を見る。
確か二番隊に所属していた隊士であった事を思い出す。
「最近、茶屋へ行ってないんですね」
「はぁ。沖田先生から外出するなとのご命令ですから」
セイは心の中で「またか」と小さく呟く。
総司の命令と彼女の行動は第三者から見れば不可解だ。隊士たちは不可解な二人に近寄りたがらない。一方で、だからこそ根堀葉堀聞きたがる人間も少なからず存在する。
最近彼女の部屋を訪れるのはそんな個人の事までずかずかと土足で踏み荒らして去っていくような連中ばかりで、彼も好奇心の強い彼らの内の一人なのだろうと溜息を吐く。
「私もよくあのお店へ行くんですがね、寂しそうでしたよ。彼。いつもお一人で。ずっと黙々と何かを書き留めていらっしゃる。朝から晩までずっと」
「それは彼の趣味ですから」
目の前の隊士が彼の事を知っていた事に少しの驚きを覚えたが、あの茶屋に足を運ぶものなら彼の独特の存在感に気付かないはずは無く、その隣に座る己の同志を見れば、気に留めなくとも、自然と目に入ってしまうのだろうと納得する。
当然会えなくなってしまった事を残念と思い、約束を違えた事を申し訳無いと思うが、セイには彼が自分がいない事で寂しがる事は無いように思えた。
根拠は無いが、彼はそんな人柄ではないと、彼と直接話した事のあるセイは漠然と感じていた。
そんな風にあっけらかんと言う彼女が、彼にとっては不思議でならないのか、彼は眉を顰め、話を続ける。
「沖田先生はどうして外出禁止を言い渡されたのかお聞きしたのですか?」
「いいえ」
「どうして!理由も教えられず、一方的に外出禁止と言われては納得出来ないでしょう!」
「先生を信じていますから」
彼女の答える言葉に、信じられないとでも言うように、目を見開く隊士。
「きっとご理由があるのでしょう。私は沖田先生を信じていますから先生のご命令に従うのです」
「けれど人間としての権利を何一つ尊重されていない!」
「それで良いんです。それで先生の意思に添えるのなら。先生をお守り出来る事に繋がるのなら」
隊士はそれ以上何も言わなかった。やがてセイを見て、ゆっくりと立ち上がると、そのまま背を向け、部屋を出て行ってしまった。
気を悪くしただろうか。
背を向けた隊士の足音を辿りながらセイはぼんやりと思った。

変化は突然起きた。
その日もセイは部屋に閉じ篭もっており、ただじっと正座をすると目を閉じ、様々な事を感じていた。
風の流れ。虫の声。雨が屋根に叩き付ける音。人の声。
耳を澄まし、心を無にする事で、見えてくる世界が広がる。
自我を捨て、個を持たない事で、自分の周囲に存在する沢山のものを感じるようになった。
そうして暫しの間、己を忘れる事で、世界を見つめる。
それはセイの習慣になっていた。
耳を澄まし、周囲の音を聞いていると、最近はめっきり途切れた人の足音が聞えてくる。
誰だろう。
そう思いながら近づいてくる足音が通り過ぎるのを待った。ところが足音はセイの部屋の前で止まると同時に、そのまま吹飛ばしてしまいそうな程勢い良く障子が開いた。
「神谷さん!」
もう最近は聞く事の無かった懐かしい声にセイは目を見開き、声の主を見上げる。
ほんの数日会っていないだけなのに、まるで何年も会っていなかった様な錯覚を覚える。
姿一つ変わらない総司が目の前に立っていた。
もう一生会えないのではないだろうかと思うほど、冷たく自分を突き放した存在が目の前で己の名を呼んでいる。その事実が現実のようには思えず、セイは口を開くが、声を発する事が出来なかった。
そんなセイを見下ろしながら、彼は冷たい瞳で、武士として命令を下す。
「捕り物です。直ぐに準備をしなさい」
彼の瞳は稽古や巡察で見せる鬼の瞳。
どうして突然己を呼んだのだろうか。
何故謹慎を解く経緯に至ったのだろうか。
問いは一瞬頭上を横切ったが、迷いは無かった。
「はい!」
と、大きな声で答えると、彼女は直ぐ横に置いていた大刀を手に取った。