「…さぶろう…清三郎!」
「はいっ!?」
背後から突然声をかけられ、セイははっと顔を上げた。
「それ以上締めるとその腕腐るぞ…」
溜息を吐きながら言う松本の言葉に、セイは一瞬彼が何を示しているのか考えたが、はっと眼前を確認すると、己の前に差し出された腕に丁寧に包帯が巻かれていたが、途中から強く締め過ぎて青く変色し始めている様子が目に入り、慌てて顔を上げると、患者が苦痛に顔を歪めていた。
「もっ申し訳ありません!」
セイは何度も頭を下げて謝罪をしながら、きつく巻き過ぎた包帯を慌てて解く。
「もう、オレこのまま神谷さんに絞め殺されるかと思ったよ」
患者はセイの事を少しも責めず、逆に苦笑しながら軽口を言ってみせる。
「すみません」
セイは謝るしかなかった。
「何だい。ぼーっとしちゃって、女の事でも考えていたんかい?」
「え?」
笑って言うその患者に、彼女は一瞬、
(何故女の事?)
と考えたが、自分が男の姿をしているのだから、つまり色事の事で冷かされたのだという事に気が付いて、慌てて反論する。
「そっそんなんじゃないですよ!何言ってるんですか!」
「慌てる素振りがまた怪しい。惚れた女の一人や二人いるんだろ」
「何言ってるんですか!私は武士です!そんな事に興味ありません!」
「ほう…衆道の恋か」
「な---!」
問い続ける患者に痛い所を突かれ、同時に丁度よく総司が思い浮かんだセイは顔を真っ赤にする。
セイの素直な反応に患者はにやにやしながら「図星か」と笑う。
そして何故か彼はちらちらとセイと同じように他の患者を手当てする中村を見ていた。
「この間は逢引の途中だったか」
彼の示す言葉にセイは今度はざっと青くなる。
「中村はそんなんじゃありません!止めて下さい!」
叫ぶセイに周りの人間はおろか、中村や松本も振り返った。
「あ…」
セイが固まってしまった後、周囲からどっと笑いが起こる。
分かってはいるけれど、そんな思いっきり否定しなくても。と涙を流す中村、松本も腹を抱えて笑っている。
「分かった。分かった。中村じゃないんだな。想い人は」
問いかけた本人も笑いながら、セイを落ち着かせるように肩をぽんぽんと叩く。
セイは彼が本当に納得したのか訝しみながらも、渋々落ち着くことにした。
そうして落ち着いて包帯を巻き直すと、彼女が顔を上げたと同時に、中村の視線が自分に向けられているのを感じ、彼を見ると、こっくりと頷く。
「それじゃあまた二、三日後に包帯を替えに来てくださいね」
「ああ。あんたはおっちょこちょいだが腕はいいからな。また話し相手に来てやるよ」
軽く笑うと、患者は笑って彼女の傍を離れた。セイは苦笑しながら見送ると、松本を見る。
「松本先生。薬屋に今日調達する薬を取りに行ってきます」
「おう。行って来い」
セイの言葉に治療中だった松本は軽く手を振って見送った。
まだ引っ切り無しに通って来る患者を避け、戸口に出ると、既に待機していた中村がいた。彼は軽く首を振る事で彼女に道の先を示すと、彼女も相槌を打ち、外に出る。
太陽が空高く上りきるこの時間、外を歩く人は多く、様々な職種の人間が行き交う。
中村は歩きながら、隣を歩くセイを見た。
「ぼーっとしてた原因はどうせ沖田先生なんだろ」
少し頬を膨らませて問いかける中村に、セイはばっと顔を上げ、彼を見ると、真っ赤に頬を染めた。
「なっ」
「手紙返したのかよ」
「何で手紙の事知ってるんだよ!」
セイは相当動揺しているのだろう。口をぱくぱくと開きながら信じられないといった顔で彼を見入る。
「昨日…夜…部屋で読んでるのを見ちまった」
確かにセイは総司に会った翌日、彼から手紙を受け取った。
総司が手紙を書く事が珍しく、何かあったのだろうかと慌てて開いたが、その書かれていた内容に本当に彼が認めたのだろうかと再度確認の為に夜改めていたのだが…。
「…なぁ。沖田先生は私が任務中だと知っていて、手紙を書くような人だと思うか?」
中村が今も自分を少なからず想っているのを知っていて問うのは、失礼な事だと分かっていながらもセイは問わずにはいられなかった事を問いかける。
「沖田先生が?仕事第一のあの人から考えられないけど。その手紙もどうせ仕事の話なんだろ」
あの人は野暮なんだから。そう心の中で付け加えて答える中村に、その答えがセイにとっても最も合点がいく着地地点だったらしく、ずいっと中村に迫ると、捲くし立てる様に語り始めた。
「そーだろ!そー思うだろ!なのにあの人何て書いてきたと思う!?『神谷さんの休憩時間に抜けられるのなら甘味屋で会いませんか?』だよ!?あの沖田先生が誘ってくれてるんだぞ!?
嬉しいだろう!そりゃ嬉しいに決まってるさ!思わず舞い上がってしまったさ!けどな!けどだろ!私が任務中で松本先生のところに隊士を近づけないようにしてるし、私たち自身も可能な限り隊士に会わないようにしてる。だってこの間は久し振りだったから嬉しくて、偶々つい喋っちゃっただけで。それでどうして遊びに誘うんだよ!あの人は!」
息を吐く間も無い程言いたい事を言い尽くすと、セイは肩を上下させ、ぜーはーと荒い呼吸を整える。
「…甘味屋に誘われたのか?」
「そう」
「会おうって」
「そう」
「あの近藤局長馬鹿の仕事中心昼行灯に」
「……引っかかるところだらけだけど、そう」
「で、返事は?」
「返してない」
「えっ!?」
あっさり答えるセイに、流石の中村も驚いた。
「沖田先生からの手紙の返事返してないのか!?」
「仕事の内容じゃないんだからいいだろ。極力接触は避けなきゃならないし。それに…何て答えたらいいのか分からない」
明らかに見て取れるのは戸惑いの表情。セイは総司を想っている。その想い人から任務中とは言え、逢瀬の誘いを受ければ嬉しいだろう。そして任務で会う事が禁じられても会いたいと請われる喜びは何よりのものだろう。
けれど、今はまだ駄目だ。
総司が普段見せない行動と、任務がセイを迷わせる。
彼女は真面目だから。
どちらにせよ二人のやり取りに自分が加わる事は出来ない。ましてやセイにとっての総司の役割を代わるなんて事が出来るはずも無く、どう見ても相愛の二人のささやかな出来事を相談された哀れな男は溜息を吐いた。