13.不器用な想い13

「この人間の処断は後日奉行所でして頂きます。どうか堪えてください」
沈痛な面持ちで周囲の町人たちに語りかけるセイ。
男を取り囲む町の人間たちの気持ちは痛いほど伝わってくる。
憮然として座り込む男よりも申し訳なさそうにするセイの頭にぽんと手が置かれた。
「あんたに大事が無くてよかった。頼むぞ」
怒鳴っていた男がセイに労いの言葉を掛けると、それに続いて町の人間から次々と彼女に労いと感謝の言葉が掛けられていく。隣にいる中村にも同様だった。
町の人間に溶け込む二人の姿を、総司はただ見つめていた。まるで彼らと自分との間に隔てられた壁があるように、総司がその中に溶け込む事が出来なかった。
これが彼女たちが屯所を離れ、役目を果たしていた過程に対する結果。
呆然としている総司の視線に、労いの言葉を掛けられていたセイが気が付くと、彼の元に走り寄り、頭を下げる。
「沖田先生。ありがとうございました」
「…あ…いえ。私は何も…」
顔を上げ、にこりと笑うセイに、何故か総司は目を合わせる事が出来ない。
「いえ!先生がいらっしゃらなかったら、また犠牲者を増やすところでした!本当にありがとうございます!」
「---」
無邪気に礼を言う彼女に対して、総司はそれ以上何も言う事が出来なかった。
ただぎこちない曖昧な笑みを浮かべるだけ。
セイは彼のぎこちない笑みだった事には気付かず、笑みを返してくれた事に安心すると、再度中村たちを見る。
「私たちは事後処理の為にここに残ります。沖田先生はどうぞ屯所へお戻りください」
「…任務ってこの人を捕まえる事だったんですか?」
「はい。私たちも前回同様の手口で襲われて、新選組に汚名を着せられるどころか、関係の無い人たちまで傷を負わせてしまいました。その時、一番最初に悲鳴を上げて、浪士たちを煽っていた男が怪我人の中に混ざっているのは分かっていたんですけど、誰だかまでは分からず、今回任務を頂いたんです」
「じゃあ…あの時偶然会ったのも…今日二人で歩いていたのも…」
総司の問いに、セイは視線を隊士に縛られ大人しくしている男に向け、回答する。
「目星の付いた男の動向を追っていたんです。裏の繋がりを確認する為に…」
彼女が淡々と答えると、総司は安堵したようにほっと息を吐く。
「なぁんだ。私の勘違いだったんですか」
「何がです?」
「いえ。何でもないです」
不審そうに自分を見上げるセイに、総司は笑って答える。
中村さんと祝言を上げる為に準備していたのかと考えていた。と答えれば、彼女はきっと怒り出すだろう。
「それで、いつ帰ってくるんですか?」
「松本法眼のところでやらなくちゃならないこともあるし、その後になります」
彼女の意識は既に次の事に向かっているのか、素っ気無い返事を受け取ると、総司は自然と腕を伸ばし、彼女の手を掴んでいた。
「--私も法眼の所へ行きます」
何時ぞやも同じ事をしていたな、とセイはきつく己の手を掴む総司を見て思う。
だからこそ、もう一度彼と向き合い、真っ直ぐ彼の目を見て伝えた。
「沖田先生。先生は局長に今の事の成り行きをご説明される任務がおありでしょう。私たちからも勿論ですが、不本意ながらも騒動に巻き込んでしまったのですし。事後処理は下の人間にお任せください」
「---」
「先程の奇襲で、また町の人たちの幾人かが傷を負いました。私は手当てをしなくてはなりません。新選組が元々嫌われているとは言え、罪の無い関係の無い人を巻き込んでそのままという訳にはいきません。私たちはそれを担う責任があります」
安易に総司をこのまま連れて行けば、彼は冷たい視線を浴びる事になるだろう。セイはまだ新選組の中でも下の人間とう部分で許容されていた部分も幹部である彼が赴くのでは向けられる感情が異なる。正式な形での謝罪ならまだしも、彼一人が謝罪しても火に油を注ぐだけ。
更に彼の独断の行動によって、新選組全体の総意として取られざるを得ない状況になってしまうかも知れない。
結果として、全ての責任を負うのは近藤になるのだ。
そうセイが考えているだろう事、彼女しか見えずに気付いていなかった事に気が付くと、総司はセイの腕を握り締めながら、その場で固まるしかなかった。
それでも彼女が先程の冷たい視線をまた浴びに行くのだと思うと、胸がしくしくと痛む。
「沖田先生。自分はまだ未熟で頼りないかも知れませんが、必ず任務をやり遂げて、先生の元へ戻ります。信じて頂けませんか?」
真摯な眼差しで総司を見上げる、セイ。
同志として。彼の信頼できる部下として。今はまだ未熟だと分かっていながらも自分を認めて欲しいという彼女の心の現われだった。
彼女の瞳の奥に潜む強い光に、総司は目を見開くが、やがて深く頷いた。
「しっかりと任務を果たしてきてくださいね」
掴んでいた腕をそっと離す。
「はい!」
セイの笑顔はより鮮やかさを増し、凛とした声が高らかに響いた。
彼女の真っ直ぐな心に総司は笑みを浮かべた。