13.不器用な想い12

中村の前を走る総司は必死にセイの姿を探した。
彼女が人混みに紛れた先。そこに追いつこうと懸命に走り続けるが、セイの姿が見付かる事は無かった。
自然と焦りが浮かぶ。
未だ騒然としている場所。そこがセイのいる場所だ。
総司は必死に左右を振り返ると、目を凝らし、耳を澄ます。
「沖田先生!向こうです!」
神経を研ぎ澄ます総司の横で中村が声を上げる。彼を振り返ると、既に彼は走り出しており、焦りに額に汗を浮かべながらも総司は彼の後を追う。
騒動が起こっている場所に近づくにつれて、人の悲鳴や金切り声が激しくなる。
声を聞く度伴う動悸に、総司はぐっと己の胸元を掴んだ。
「新選組が!町人を襲いよった!」
聞き覚えのある声が騒ぎの中心から上がる。
さっきまで総司たちを浪士として扱っておきながら、自分が襲われる側になると掌を返して、今度は彼らを新選組として扱う。
「周りの人間じゃ飽き足らず、わしまで殺そうとしよる!助けてくれっ!」
そこに少しの羞恥も無いのだろうか。悲鳴を上げ続ける声は必死に周囲に訴えかけ、周りの人間の不安を煽る。その声が上がる度に不快感と嫌悪感が総司の神経を逆撫でする。
周りの人間から発される憎悪の念。
元々憎まれても仕方無いとは思っているけれど。
分かっていて。それでも尚、近藤を信じ、己を貫き続けているのだけれど。
セイがこの夥しい憎悪の視線に晒され続けているのは嫌だった。
焦りに、少し強引に人の波を割って入ると、悲鳴を上げた男がセイの手によって後ろに腕を捩じ上げられ、身動きを取れなくなっていた。
よく見れば町人風の着物を纏い、刀を差して折らず、とても浪士の様には見えなかった。
その彼の上に動けないように体重を乗せて圧し掛かり、腕を捩じ上げる事で動きを止めているセイ。
ほっとすると同時に総司は胸騒ぎが止まらない。
人の間を分け入り、入れば入る程、集中する視線。
まるで憎悪で体を染められていく気がする。
しかし注がれるのは視線だけ。周囲で見守る町人たちは自分たちが斬られる事を恐れるから。
武士になど迂闊に手を出したりなど出来ない。
セイはふと、顔を上げ、総司の姿を認めたようだったが、ふいと視線を逸らすと、捕縛した男を見た。
「神谷!」
彼女の己から視線を逸らす行動に、思わず足を止めてしまった総司の横で、中村は輪が出来ている集団の中心にいる彼女に向かって駆けつける。
総司は自分でも理解できない感情が心の中に渦巻き、呆然としたまま彼の行動を見送った。
中村が駆け寄る事で、彼の方向を見上げたセイの隙を突いて、腕を捩じ上げられていた男は力任せに立ち上がる。
「うわっ!」
体重の軽いセイは若干男の背に乗り掛かりながら押さえていたところを突然の彼の動作に、そのまま後ろに引っくり返りそうになった。
「神谷さん!」
「神谷っ!」
総司が走り出すよりも先に、中村が彼女の背を支える。
「へっ!新選組なんかに捕まってたまるかよ!」
そのまま人混みの中に紛れて逃げようとするところを、セイは慌てて起き上がり、後を追おうとする。
「その男!止めろっ!」
焦りと共に叫ぶセイだが。彼はすいっと逃げていく。
セイを支えていた中村が立ち上がり、セイの体制を持ち直させると、男の後を追う。
中村が後を追うが、それでも彼は人混みに紛れて、見失ってしまうかもしれない。そう思った瞬間、大きな衝撃音と共に、人混みに紛れた男が吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。
「だっ!」
男は尻餅をついたまま怒りに顔を上げると、相手の顔を見た瞬間、息を飲んだ。
「清三郎が町人を襲う訳がねぇっ!てめぇっ!この間もそうやって浪人たちをたきつけただろ!覚えてるぞ!よくもやりやがったな!」
威勢のいい怒声を上げるのは、セイの手当てを一度は拒否した男だった。
思わぬ人物の登場に、セイも中村も唖然とし、倒れた男はまさか町人に殴られるとは思ってもみなかったのか、目を見張る。
「お前俺たちを襲ってきたあいつらとグルだろ!清三郎が本当の新選組の人間だって事は俺たちは知ってるんだ!俺たち平民を襲うだけでなく、他人の名を語るなんて許せなねぇっ!」
「煩せぇっ!」
倒れこんでいた男は懐から小柄を取り出すと、殴られた男の首元を狙って立ち上がる。
「そこまでにして頂けませんか」
無機質な声と共に、立ち上がった男の喉元に鋭い刃の切っ先が突きつけられる。
背後にある殺気に男は身を縮め、震えだすと、我慢の限界か、その場にもう一度力なくへたり込んだ。
その途端、彼に集中する無数の視線。
差すように向けられる視線に男は顔を上げると、刀を突きつけられた時よりも更に青褪めた。
憎悪の視線。視線。
奇しくもそこは、以前セイと中村が最初の奇襲を受けた場所であり、これが彼が行った行為による結果であった。
今にも殴りかかり、八つ裂きにされるのではという程の殺気の中、セイは男と、彼を捕縛した総司の元に駆けつけた。
更に後方からは、こちらの騒ぎにも駆けつける為に割かれた隊士たちが合流してきた。