13.不器用な想い11

目の前の浪士が何を言っているのか総司には分からなかった。
ただ、足を止め、悠々とこちらを見て笑みを浮かべる男を呆然と見つめる。
途端に上がる、悲鳴。
「壬生狼が無体をしおったで!関係の無い町人を斬りがった!」
悲鳴と共に遠巻きで見ていた町人から声が上がる。
「何を…」
総司は声を出せず、ただ目を見開いて、悲鳴が上がった方向を見つめる。
目に映るのは肩を斬られたのか患部を押さえ、蹲る町人の姿。
静止していたように思えた時が動き出した。
一旦動きを止めていた浪士たちが一斉に動き出した。--町人の元に向かって。
彼らは何をするのだ。
総司には彼らが何故そんな行動に出るのかが分からなかった。
状況についていけず、未だ止まったままの思考を回復させたのは再び聞こえた金属音。
見ると、浪士が町人を襲うより先に動き、間に入り、今にも振り下ろされる刃を押さえるセイと中村。
中村が一人を斬り捨てると同時に、セイも一人を斬り、互いに背を合わせ、軽く相槌を打ち、呼吸を整えると、再び町人を難なく斬り捨てていく浪士に向かって駆けていく。
彼らが浪士たちを斬ると同時に向けられる暖かい視線と、浪士たちに降り注ぐ憎悪の視線。
それは向ける感情として正しいのだろうけれど、捩れている。
彼らが浪士で、自分らは新選組。
なのに、町人が目に移すのは、彼らが新選組で、自分たちは浪士。
新選組に対する憎悪の念と、反幕浪士に対する信頼感。
残るのは、何?
空間が軋む音がした。
『沖田先生!』
重なる中村とセイの声に呼び戻されて、はっと顔を上げると、自分目掛けて振り下ろされる刀。
半歩下がり、難なくかわすと、刀を反し、刀を振り下ろしたまま下段に構える男の肩に振り下ろした。
斬られる痛みではなく打ち付けられる鈍痛と折れる鎖骨の痛みに男は悲鳴を上げると悶絶する。
総司は呻き続ける男を無表情のまま一瞥すると、振り返り、セイの姿を探す。
彼女は誰かを追っていた。
「逃げるなぁっ!」
浪士たちは中村と総司を未だ囲んでいる。セイは野次馬の中に向かって叫びながら一目散に走っていく。
誰を追っているのだ?
追いつけない展開に目を彷徨わせながら、自然とセイの方へ向く総司の体に、中村は慌てて制止する。
「ここは神谷に任せてください!」
彼の言葉に総司の心臓はどくりと鳴らす。
「あいつなら平気です。もう大方目星が付いているから」
全てはセイと打ち合わせ済みの事なのだろう、中村は断言すると、向かってくる敵に刀を構え直す。
残り、三人。
「来ます」
中村が言うや否や、総司は駆け出すと、一人目が総司に対して構えるより先に、上段から刀を振り下ろす。
その凄まじい足の速さに隣で構える男が一瞬怯んだのを総司は見逃さず、半歩下がった男に一歩で間合いを詰めると、左から斬り込み、刀ごと両腕を跳ね飛ばす。
逃げる三人目の男を追うと、総司は再び峰を反し、背後から斬りつけた。こちらは急所を打たれあっさりとその場に平伏した。
総司の速さに、その場が一瞬無音になる。
中村は彼のその一瞬とも言える速さで全ての浪士を倒した力量に圧倒され、息を飲む。
「中村さん」
静寂の中かけられた声に、中村はびくりと肩を震わすと「はい」と返事を返す。
「後の処理をお任せします」
背を向けたまま告げる総司を、中村ははっと顔を上げ、その背を見つめる。
彼の背は既に彼の思考が既に遠方へと馳せている事を伝えていた。
周囲を見ると、呻き倒れる者、気絶している者、既に事切れている者が突然起こった修羅場を察知し駆けつけてきた隊士たちによって取り押さえられている。
中村はそれらを一度見据え、そして、再度総司を見る。--が、彼は既に走り出しており、ある場所へ向かっていた。
走る先にいるのは、セイ。
彼女はきっと今も任務中だ。
「お供します!」
何も知らず、分からず、中村がどうしてここに残り、セイが何を追っていったか何一つ知らされないまま走る総司に、ちりちりとした痛みを感じながら中村は彼の後を追った。