13.不器用な想い10

見るんじゃなかった。
総司は自分の目に飛び込んできた光景に嫌悪感を示した。
土方の部屋を追い出され、ぶらりと街に出た。しかし街に出たところで甘味を食べたい訳でもなく、する事も無くぶらぶらと歩いていたのだが。--その道の向こう側から見慣れた人影が見えてきた。
総司の瞳に一瞬にして焼き付く。
仲良さそうに話をしながら歩くセイと吾郎。そして、見入ったセイの表情が一気に赤くなるのを。
「---」
全身から血の気が引くようだった。引いた血流を補うように激しく高鳴る心臓。
己の制御を離れた体を抑え込む様に総司はぎゅっと己の胸元を押さえた。
途切れた思考回路の中で響いた己の声。
(やっぱりこのまま医者として生きるのがあの人の道なんですね)
人を斬る為に生きるのではなく、人を生かす為に生きていく。
己とは全く別の道を歩いていく---。
中村さんと---。
中村さんと---?
女子に戻って、松本先生の助手になって、中村さんのお嫁さんになって、充実した毎日を生きていく。
それが幸せ。
それが幸せ?
総司は気が付いたら踵を返し、二人の前を進むようにして歩いていた。彼らが自分を見つける前に。彼らに会わないように、と。
新選組から決別する為に彼女は新選組の人間と会わないようにしていた。
だから総司が出した手紙にも返事を返してこなかった。
近藤も土方も既にその事を承知だったのだ。
だから総司にはセイの任務の内容を知らせようとしなかったのだ。
途方も無い想像が頭の中を巡り、そう想うだけで彼は泣きたい気分になった。
それらを伝えられるのはきっと全てが終わった後なのだろう。
「沖田総司だな?」
背後から掛けられた声に、総司の思考はそこで途切れた。
「はい」
不審な浪士風の男たち五、六人が、総司の背後から彼を取り囲むように前に回り込む。
彼らが腰に差していた刀を抜くと、気配の変化に気が付いた町人の一人が悲鳴を上げた。
争い事から逃れるように足早にその場から逃げていく人の流れを横目で見ながら、小さく溜息を吐くと、総司も己の刀を抜いた。
途端、何処に隠れていたのか、更に五、六人の浪士がわらわらと姿を現した。
「---」
総司は何も言わない。
「天誅!」
それが始まりだった。
浪士が次々と斬りかかって来るのを、総司は難なくかわしていく。
一人目が振りかぶる刀を右に避け、そのまま腹に横一線入れ、右に避けた総司の正面を捉えた二人目を垂直に斬ると、一旦身を引いたところで彼の背後を捉えていた三人目の懐に入り、身を引くと同時に引いたひじを鳩尾に深く打ち込む。そこで一呼吸を整えた。
斬られた男は呆気無く地面に倒れ込み、急所を打たれた男はその場で悶絶する。
総司の動きはこの場の誰よりも明らかに早い。彼の動きを捉えて刀を構えるものの、その一振りの速さと間合いの取り方に一太刀も入れる事が出来なかった。逆に浪士たちの方が数が多い分同志を斬るまいと合わせる呼吸が彼によって乱され、足の引っ張り合いになっている。
両者ともごくりと、息を飲んだ。
そして、---来る次の攻撃に、総司は動作する事によって僅かに発生する空気の流れを感じると同時に、来る側面からの攻撃に身を引く--はずだった。
ぎぃん。と金属が擦れ合う時発生する毒問うな音と共に彼の側面を塞ぐ影。
「神谷さん!?」
総司の頭一つ小さいセイの後頭部が彼の視界に入り込む。遠くで中村も浪士と刀を交えていた。
動揺するのは後回しに、浪士と睨みあうセイを横から襲い掛かる浪士を総司は切り捨てると、再びセイの方を振り返ろうとする。
「私を庇うより先にする事があるでしょう!」
一喝するセイはギリギリと拮抗する力を逆に利用し、わざと身を引くと、慣性のままに前のめりになる浪士の首を狙って刀を振り下ろす。そして来る次の攻撃の為に、刀を構え直した。
「---」
総司は目を見開いてその一部始終を見送ると、彼女に背を向け、目下の敵と対峙する。
今すべき事は---この場を収める事。
背後にいる彼女は。
武士であり。
同志であり。
信頼を寄せる人間。
背を預けられる人。
「神谷さん」
確認するように名を呼ぶ。
彼女の己の中での存在価値を。
その名は彼の中で澄み通るように溶け込んだ。
「沖田先生!」
彼女に名を呼ばれる事で、総司は笑みを浮かべながら、残りの浪士に先ほど以上の速さで向かっていく。
「我々新選組!例え力量の差がはっきりしていたとしてもお前たちを捕らえる!大人しく縄につけ!さもなくば---今ここにる人間を皆斬る!正義を語るお前ら浪士風情が大人しく見ていられるかな!」
総司が向かう先にいた浪士は、突然にやりと笑みを浮かべると、堂々と周りにいる人間に聞こえるように叫んだ。