「秋んなると、山ん中が真っ赤に染まるんだよ!」

それはどろろと旅をしていたあの日。目の見えない俺にあの子が教えてくれた景色。

さくり。さくり。
一歩歩みを進める度に、踏み締める落ち葉が音を立てて崩れる。
髪を梳く風が冷たく感じた事で少しずつ季節が冬に変わり始めた事を感じる。
少し前までは暑いも冷たいも感じる事が出来ず、感触もほんの僅かな体の一部分でしか感じ取る事ができなかった。
それも今は違う。
風が吹けば暖かい、冷たいと思うし。
手足や皮膚に触れる痛みや固さは、形の変容を伝える。
最も顕著な情報は眼から入る光景で。
目の前に広がる光景は、秋と呼ばれる季節を映し出していた。

「真っ赤って言っても、鬼神の色とは全然違うと思うぜ」

そう言ったあの子の言葉を思い出す。
ああ。確かにその通りだ。
百鬼丸は一度瞼を閉じて、闇に戻り、確信する。
今も焼きついている、鬼神を現していた赤と呼ばれる色。
確かに似たような色で、それでいて全く違う赤。
色に種類がある事は、一情報として認識していたが、目が見えるようになって初めて本当の意味で色と呼ばれていたものを知った。

鬼神の赤。
城を焼いた炎の赤。
血の赤。
秋の山を染める赤。

一枚紅葉を拾うと、夕陽で赤を深くする山々を見つめ、そして、その赤く染まる太陽に手の中の紅葉を透かす。
赤い紅葉が黒く、そして翳す加減によって茶、黄、そして青くも見える。
葉の隙間から目に染みる程の眩しい太陽の光が差し込んだ。
不思議な色だ。
赤と言ってもこうして直ぐに違う色に染まる。
胸の奥が熱くなる気がして、百鬼丸は無意識に胸元に手を寄せた。

「見てると何とも言えずいい気分になるんだ。そういうのを綺麗っていうんだよ」

これが綺麗という感覚。
きっとあの炎の中でおっかちゃんの姿を見て、同じ感覚になったのも、きっと綺麗という感覚。
それだけじゃない色んな色が入り混じった感覚があったけれど、それはまだ、言葉にする事は出来ない。
ただ。
とくとくとなる心の臓。
己の核となるものだ。これが止まると、死を迎える。
百鬼丸も鬼神も人も。
例外はない。
それはどろろも。

白い炎だったどろろの色は、すぐにだって思い出せる。
あの子と別れて一人旅を始めても、このとくとくと脈打つ心の臓が空くような感覚に陥った時に、あの子を思い出せば、すぐに己を取り戻せた。
鬼神にはならない。
あの子と約束した。
いつだってあの子は百鬼丸を導いてくれた。
人としてのあり様を教えてくれた。

だから離れた。

あの子に支えられて生きるのが、百鬼丸の生きると言う事では無いと思ったからだ。
炎の中でおっかちゃんが指を差し示した先は、あの子を頼りにこれからを生きる事ではないと思ったからだ。

あの子の隣で。
あの子と共に。

「あにきと一緒にここで村を作る」
旅立つ前の夜にどろろに語られた、二人のこれからの話。
それを果たせる日を思い浮かべるだけで、百鬼丸の心は苦しい闇の中を真っ直ぐに歩みを進められる。
沢山の人を傷付けた。
沢山の人を殺した。
無知故に。
奪われたものを取り戻す為に。
それでも。
それは百鬼丸が自ら負った全ての罪を正しいのだと反論する理由にはならない。

どろろだって全てが正しい行いをしている訳ではない。
それは分かっている。
一人で旅をしてきて、それはより深く理解した。
おっかちゃんもおとっちゃんもいない小さな子どもが生きるには罪を犯す事もしなければならなかった。
きっと一緒に旅をする事で百鬼丸を利用していたのだろう。とも思う。
それでもどんな時にでもあの子は真っ直ぐだった。
己の中に絶対に揺るがない芯があった。
それが、百鬼丸をいつだって支えてくれた。
善悪の認識さえ不確かで無知な百鬼丸を窘めてくれたし、導いてくれた。
おっかちゃんを、弟を、亡くし、父親と決別し、奪われたものを取り戻したようで何もかも無くした百鬼丸をいつも支えてくれたのは、どろろだ。
あの子は知らないだろう。
百鬼丸を救ってくれたのはどろろだって事を。
あの時も、今一人旅をしていても、いつだって支えてくれるのはどろろ。
百鬼丸という存在の一番深い核の部分にどろろはある。

それでも。
あの子にとって寄りかかられるだけの自分ではいたくない。

共に。
隣に。

その為には百鬼丸には圧倒的に足りないものが多い。
それを少しでも満たす為に、どろろから離れた。

もう少しで旅も終わる。

あの子と別れてから四つの季節を巡った。
冬も春も夏も秋も知った。
あの子と別れたあの日から、あの子と共にいた旅路を辿った。
おっかちゃんと過ごした家を見えるようになった目に焼き付けてきた。
あの子と別れた季節に戻ってきた。

まだ足りない。
けれど、己の中の思い出のあの子だけではもう足りない。

まだまだ足りないものをこれからはあの子と共に埋めていってもいいだろうか。

この気持ちを、何と呼ぶのだろう。
それをあの子に教えてもらいたい。
あの子の声で。
あの子の言葉で。

どろろ。