13.不器用な想い8

「私が何を思いつめてるっていうんでしょうかね」
「何か仰いましたか?沖田先生」
前方を歩く上司の呟きに、相田が不思議そうに問い返す。
「いえ。何でもありません」
思わず口に出ていた呟きに総司は慌てると、誤魔化すようにひらひらと手を振ってみせる。
斎藤とのやり取りがあったその日、総司たち一番隊は夜番であり、総司は斎藤の言葉が頭の中でぐるぐると繰り返されたまま巡察に出た。
「そんなに心配する事無いですよ。神谷はあれでも運がいいし、強いから、ちょっとやそっとの任務でやられるタマじゃないですよ」
山口が労うようにかけられる言葉に、総司は顔を赤くした。斎藤に言われた言葉の意味を彼自身が自覚するよりも早く部下に見透かされたような気がしたからだ。
「心配なんてっ。それに別に神谷さんの事なんてっ」
否定しながらも、総司は改めて自覚する。
斎藤の言葉が繰り返し流れる間浮かんでくるのはセイの顔。
それが恥ずかしくて、無性に悔しくて、動揺を抑え、顔を真っ赤にする総司。声を掛けた山口もそれを見守っていた相田もぽかんと口を開いた。
沖田先生がここまで赤くなるのは初めて見た。
「なっ…何ですか」
山口と相田の重なる心の声に気付くはずも無く、自分の言った言葉に何の反応も示さない二人に自分がおかしな事でも言ってしまったのだろうかと不安が過ぎる。
神谷…良かったな…。
彼女がいたらそう告げたい。
相田と山口は再度心の声を重ねながら、心の中で涙を零す。
「もうっ!それで今日の死番は誰ですか!?」
「あ。神谷」
無言の二人に堪えられなくなった総司は話題を変えようと仕事に話を戻そうとしたが、突然上がった声に総司は思わず声の上がった方向を振り返った。
その途端、彼の行動の一部始終を見守っていた隊士たちから笑い声が上がるが、総司は声を上げた隊士を見ると、彼の視線の先を追う。
「神谷さん!」
きょろきょろと周囲を見渡し、何かを探すような仕草をしていたセイは総司が己を呼んだ声に気がつくと、振り返り、今度は何からか見つからないように前後左右を確認してから総司の元へと駆け寄ってきた。
「ご苦労様です。巡察ですか?」
笑顔で問いかけるセイに、総司は口元を綻ばせる。
「神谷さんはここで何をしているんですか?よく見たら羽織も羽織っていないじゃないですか!」
今はまだ長月とは言え、既に冷たい風が吹き始める季節である。
しかも最近は夜の温度も下がり始め、羽織一枚羽織らないと肌寒さを感じさせる。
そんな中、彼女は小袖一枚。
総司は慌てて自分の羽織を脱ぐと、彼女の肩に掛けてやった。
「いっいいですよ!私、もう戻りますし!沖田先生こそ着ててください!」
「駄目です!ちゃんと着なさい!」
慌てて羽織を返そうとするセイの肩を押さえ、掛けたままの羽織を抑えると、総司はじっと言い聞かせるように彼女の目を見つめた。やがて根負けし、諦めたようにセイはもそもそと総司の羽織に腕を通す。
「ありがとうございます」
背の高い総司の羽織はセイにとってはかなり大きく、だぶだぶの袖から手を抜き出すと、きゅっと余った裾を握り、小さな声で少し頬を染めて礼を言う。
その姿がとても幼く、仕草が可愛らしく見え、総司はぼんやりと笑う彼女の顔を見入ってしまった。
「…先生?」
「あ。はいっ!」
ぼんやりと焦点の合わない虚ろな瞳をしたままの総司にセイは不審に思い声を掛けると、突然弾かれたように彼は返事を返した。
「…大丈夫ですか…?」
「なっ…何言ってるんですか!私は全然普通ですよ!今朝だって快食快べ…」
「もういいです」
慌てふためいて取り繕うように続ける総司の言葉を、話の途中でセイはすっぱりと切る。
苦笑するセイに総司はむずむずする恥ずかしさを感じ、誤魔化すようにぽりぽりと頬を掻いた。
「神谷の任務はまだかかるのか?」
横からの相田の問いに、セイは総司から視線を外し、振り返る。
「はい。まだ…少し…」
「そうか。早く帰って来いよ」
「ありがとうございます。一日も早く一番隊に戻れるように努力します!皆さんもお気をつけて!」
「え?神谷さん!一人で帰るんですか!?」
一礼をして去ろうとするセイの腕を総司は慌てて捕まえた。
「はい?」
まさか止められると思っていなかったセイは驚いて総司を振り返る。
「駄目です!危ないです!」
しっかり腕を握り締めて訴えかける総司に、今まで笑顔だったセイの表情はみるみる曇り、怒りに変わっていった。
「先生。私を馬鹿にしているんですか。これでも新選組の隊士です。武士が武士の見送りを受けてどうするんですか!」
それはそうだ。
総司は自分でセイの答えに心の中で頷く。しかし一方でこのまま引き下がって彼女を一人で帰す訳にはいかないという焦燥感は膨らんでいくばかり。
どうにかして彼女を止める言葉は無いかと必死に紡ぎ出す。
「貴方は未熟でしょう!」
己が放った言葉に、言った後総司は自ら後悔した。
セイの次に取る行動は彼の予測通りで、先程の笑顔はもう既に何処へやら、怒りを露にし総司を睨み付けた。
「余計なお世話です!」
捕まれた腕をセイは思いっきり引き剥がすと、どかどかと蟹股歩きで怒りを表しながら闇の中へ消えていった。
引き剥がされた手の形のままセイの後姿を見つめる総司に、声を掛けられる者はいなかった。
二人のやり取りを見つめていた山口が、ふと、疑問を口に出す。
「あれ?そう言えば、神谷、俺たちと接触していいのか?」
その問いに、相田も「そう言えば」と相槌を打つ。
「土方副長が、神谷と中村が任務の間松本法眼の所へは行くなって言ってたよな…」
「え?外で会う分にはいいのか?」
言葉の取り違えかと、山口と相田の会話に他の隊士たちも首を傾げる。
確かに『法眼の所へ行くな』とは言われたが、『神谷と中村に会うな』とは言っていない。
「だから声を掛けてきたのか?」
相田の呟きに総司の表情が僅かに明るくなったのを気付く者はいなかった。