セイは松本法眼の仮寓でただひたすら包帯を巻いていた。
突然切りつけられ、大なり小なり傷を受けた人間は多かった。
未だ外には長蛇の列。狭い部屋には人が透き間なく座り込んだり、寝かされたりしていた。
町人にも死者は出た。死者は丁重に家族に引き渡され、緊急に処置を必要とする者から純に松本の治療の治療を受けていった。
セイがこの中で出来る事は限られている。
元々父親の手伝いをしていたとは言え、実際出来る事などほんの僅かだった。
消毒で済む者、包帯を巻く必要がある者、そんな者たちへ簡単な応急手当と、松本の処置の間、もしくは横で手伝える範囲の手を貸す事。--手桶の湯を替えたり、処置の道具を言われるがままに渡す事。
それでも一人ひとりに労いの言葉を掛けてはせめて切りつけられた時に痛みと共に受ける心の傷を少しでも緩和しようと配慮する。
自分の不甲斐無さを思い知りながら、出来る限りの最大限の努力をしていた。
「後は…」
セイは憔悴した顔で座り込む人々を見渡しながら、未だ手当てをしていない人間を探す。
ぐるりと見渡すと。一人の白髪の老人が顔を歪め、腕を押さえる姿を見つけた。
「あ、今手当をします!」
セイに声を掛けられ、ゆっくりと顔を上げる老人に彼女は近付くと、傷に響かないよう、優しく腕を取ろうとした。
パシン!
彼女の思いとは裏腹に、彼はセイの手を跳ね除けると、憎しみを込めた瞳で彼女を睨み付けた。
「お前の世話にはならん!この壬生狼が!」
「---」
吐き捨てるように叫んだ彼の怒声で、ざわざわとしていた室内の空気が止まり、音が静まる。
その後にセイに集中するのは沢山の視線。
憎しみや恨み、歪んだ負の感情が彼女に向かって一斉に注がれた。
彼らは被害者だ。
武士同士の勝手な諍いに巻き込まれた被害者だ。
諍いを起こした人間がどちら側の人間であれ、そんな事は彼らには関係無い。
巻き込まれた。それによって大切な人間が傷つけられた。それだけが事実。
武士の信念や、国の政等語ったところで意味は無い。
遠くの出来事より、身近な出来事を重視する。それが人間なのだから。
そんな重い視線を注がれながら、セイは強く唇を噛むと、老人の腕をしっかりと掴み、自分の前へ引き出した。
「!!」
思ってもいない行動と、突き抜ける痛みに、老人は声にならない悲鳴を上げる。
「痛いですか?痛いままで良いんですか?良い訳無いですよね。だったら大人しく手当てを受けて下さい」
「放せっ!お前の手当てだけは受けん!誰のせいでこんなになったと思ってるんや!」
振り払うように捕まれた腕を振り上げると、セイの顎に当たり、がつっと歯がぶつかり合う音と共に、セイの唇の端から血が零れた。
「っ!」
殴るつもりまでは無かったのだろう。老人ははっとセイの顔を見つめると、見据えてくる彼女の視線から目を逸らし、泳がせる。
セイは彼の行動の一部始終を見つめると、何事も無かったかのように、老人の腕に丁寧に消毒液を塗り、包帯を巻いていった。
武士に手を上げてしまったのだ。これが終われば己は斬られてしまうのか。それもいいだろう。老人は巻かれていく包帯を見つめながら、覚悟を決めてた。
腕の付け根の部分で器用に包帯の端を処理すると、セイは顔を上げる。彼女の表情は彼の予測に反し、笑みを浮かべていた。
零れるような花のような笑みで。
「二、三日したら腫れは引くでしょう。そうしたら痛みも治まりますよ。ちょっと化膿するかも知れませんからマメに包帯は取り替えてください」
それだけを言うと、セイは立ち上がり、次の怪我人の世話を始める。
老人は唖然としていた。
人々は彼らの行動の一部始終を見つめ続けていた。
しんと静まり返った部屋の中にやがてまた雑音が戻ってきた。