「先日な。この辺りで強盗が出ただろう?それでお前たちもこの辺りを巡回する事が多くなっていただろう」
「そうですね」
数日前に最近この辺りで頻発していた強盗に、京の治安を守るのが新選組だろう、と犯人の捕縛の指示が来ていた。体のいい雑務の押し付けだと土方辺りは憤慨していたが、祐馬は自宅近くと言う事もあり、意欲的にこの任を受けた。
「診察に来る患者の何人かも被害にあっていて、セイがな、自分が取り押さえると言って意気込んでいたんだ。本当に家にある木刀を持って。何かあればその場にすぐ駆けつけるんじゃないかっていうくらい」
「確かに私にもそんな事を言ってました!絶対にするなと固く誓わせましたが、もしかして本当にやっていたんですか!?」
祐馬も何かあったら大変だから気を付けなさいと注意喚起のつもりで、いつぞやの立ち寄った時にセイを諭したが、逆に鼻息荒くして犯人を捕まえてやると息巻いていたから心配していたのだが。
近頃のセイは総司の非番の日に稽古をしてもらっている事もあってか、より自分の剣術の腕に自信を持ち始め、何かの際に腕試しをしたがる素振りを見せる。
己の腕が上がればどこまで今の力量が通用するのか測りたいと願う気持ちは分からないでもない。しかし本来祐馬も総司もそんな事の為に日々鍛錬を続けているのではない。それはセイにも良く分かっている事だったから素振りは見せても、決してその剣術をひけらかす事も、誰かに喧嘩を売る事も無かった。
しかし近くで犯罪が起き、自分の身近な人が被害に遭っていると知れば、しかも自分の力で何とかできるかも知れないと思えば、勝気なあの娘が黙っていられるはずも無い。
そんな祐馬の心配に、玄庵は首を横に振った。
「いや。それを諌めてくれたのが沖田先生なんだ」
「沖田先生が?」
「ああ。沖田先生もお前と同じように気を付ける様にと心配して家に寄ってくれた事があったんだが、セイはああだろう?案の定自分がどうにかしてみせると言い出して…」
その時の様子が祐馬にも容易に想像出来る。
「誰も貴女に捕らえて下さいなんて言ってませんよ!気を付けて下さいと言いに来たんです」
玄庵は診察で手が離せないでいたが、いつものようにふらりと現れた総司をセイは丁度休憩時間という事もあり、部屋に招き入れ、いつものようにセイが茶を入れて総司が持参してきた茶請けの菓子を二人で食べていた。
のんびり食べているところで、総司はふと思い出したようにその話題を上げ、既に一度祐馬から聞かされていたセイは兄に語ったと同様に、自分が犯人を捕らえて見せると彼の前でも豪語したのだ。
彼女のその一言でそれまでの和やかな空気が一変し、眉間に皺を寄せる総司だったが、それを気にも留めずセイは透かさず反論した。
「でも沖田先生!私だって皆の敵を討ちたいです!先生に教えてもらった剣術が活かせる機会は将に今じゃないですか!」
「私は貴女に捕り物の真似事をして貰う為に剣術を教えている訳じゃないんですよ」
「真似事って!そりゃあ沖田先生のように強くはありませんし、実戦経験もありません。けど!ずっと先生だって実践で使えるようにって教えてくださったじゃないですか!」
「それは以前のように突然この家に良からぬ者が押し入った時に私や富永さんが駆けつけるまでの間だけでも身を守れるようにと思って教えたんです!」
「自分の身を守る為だけの剣術なんて意味無いじゃないですか!折角活かせるならここで活かさなきゃ…」
「なら、もう貴女には稽古はつけません!」
懸命に総司を説得しようとするセイに強い口調で彼が彼女の言葉を制すと、セイは息を飲み、押し黙った。
「貴女は武士ではないんです。武士でない者が己の力を過信して半端に手を出して余計被害を大きくされても困ります」
「そんな言い方って!」
「貴女に人が斬れますか?人一人の命を絶つ覚悟がありますか?」
「――」
捕り物一つにそこまで必要か。と思いながらも、セイは真っ直ぐ己を見据える総司の瞳にびくりと背筋を振るわせた。
幾度か総司の修羅場を目の当たりした時の瞳だ。
武士として、全ての覚悟を持って敵と対峙する強い眼差し。
いつでも己の命を懸ける覚悟。
命を己の手で絶つ覚悟。
セイはその瞳に惹かれ、そして尊敬してきた。
命を救われたあの日から――。
しかしその眼差しを自分に向けられる事は初めてで、セイは逸らす事も見つめ返す事も出来ずに視線を彷徨わせた。
セイにその覚悟は無い。
医師として手の施しようの無い患者を見限ると言う覚悟はこれまで何度もしてきた。しかし全くの健康な者の命を己の手一つで奪う。それは全くの別物だ。
けれどもしセイが本当に捕り物をしようと動き、大事になれば、――犯人が刃物を振りかざせば、その覚悟も必要なのだ。
「その程度の意志しか持っていないのに、捕り物をしようとか、その為の剣術だとか、不本意ですね」
総司は席を立ち、戸口へ向かう。
セイがぎゅっと唇を噛み締め、彼の背を視線で追うが、後は追わない。
「今日はもう帰ります」