最近総司には困っている事がある。
近藤と土方に一日でも早く玄庵からセイを嫁に貰える様承諾を取り、嫁に取れと攻め続けられる事。
否。
セイに会おうとすると何処からとも無く必ずと言ってもいい程、祐馬か斎藤が現れ、折角の二人の時間を邪魔される事。
否。
何だかんだ言われても、二人の大切な兄分たちに気にかけてもらえるのは嬉しいし、ちゃんと玄庵に了承を貰ってからセイを娶りたいという総司の気持ちを大切にしてくれて待ってくれているのがありがたかった。
そして、セイと二人きりになれる時間が無いのは寂しいけれど、元々大大大好きな祐馬と斎藤に構ってもらえるのは嬉しいのでいつも楽しみにしているくらいだ。
では何に困っている。
かと言えば…。
「大分良くなりましたね。けど、まだ無理しちゃダメですよ」
数日に一度の松本良順の屯所で傷病を患っている者たちへの往診。
御典医である松本がその役を買って出てくれた事は新選組にとっての大きな益であった。
それも局長である近藤の人柄故成り立った事である事がまた総司にとって誇らしい。
しかし元々が御典医である松本が有限の時間を見繕って頻繁に往診するのは現実的には難しかった。
だから彼の助手である南部と交代で、互いに空いている時間を見つけては駆けつけてくれる。
そしてどちらかが訪れる際の新選組専属の助手として神谷清三郎がいた。
富永診療所に訪れた事のある者なら一目で見抜くことが出来る一番隊富永祐馬の妹であり、富永家の一人娘であるセイ、その人だ。
面白がりの松本が彼女を連れ立って診察をし、それに反対した総司とセイが真剣勝負をした結果、彼女は正式な松本の助手として訪れる事となった。
但し女子である彼女の身を案じて、一部の者しか彼女の本当の素性を知らせておらず、また、男装し、男として接する事を条件付けた上で。
そしてもう一つ、彼女が診察で屯所にいる間は一人行動をさせず、常に総司が傍にいる事。彼が不在の場合は門を跨ぐ事を許さずというのが土方の采配であった。
子どもの頃からずっと武士になりたいと思っていたセイはせめて兄の祐馬が所属する新選組にどんな形でも役に立ちたいと願い、今の立場を得た彼女は毎回意気揚々と屯所を訪れる。
今日も診察で訪れたセイは南部と共に、傷を負った隊士たち一人一人に甲斐甲斐しく手当てをしていた。
優しく声をかけ、労わりながら傷を見、薬を塗り込んでから包帯を巻き直してやるその表情も手つきも何処までも柔らかく、愛情に溢れている。
隊士たちの中にはいつも強情で、時には手当てなどしないでいる事が武士の心意気だと言って暴れたり脅したりする者もいるが、そうした隊士たちにも、彼らに負けじと真っ向から向き合う強い意志を持った彼女に一喝され、言い負かされて病室に連れてこられると、最初は渋々だか、徐々に彼女の賢明さに心打たれ、心開いていく。
そして、触れられて、手当てされ、看病されることで気が付けば、殺伐とした日々を過ごして荒んだ彼らの体だけでなく心さえも癒していた。
現に今、セイに触れられている男はほぅと息を吐き、触れた先から憑き物が取れたように穏やかな表情を浮かべ、目を閉じる。
女子姿ではないのに、細やかな気遣いと彼女自身から滲み出る柔らかさが、ささくれ立った彼らの心を癒した。
それは総司自身にも見覚えのある感覚だから良く分かる。
けれど、分かるからこそ、目の前の光景にちりちりとした痛みを胸に覚えた。
「また少し膿んでますから、毎日三回ちゃんと包帯を取り替えてくださいね。よくここまで頑張りましたね」
セイが笑顔を向けると、処置を受けた隊士はこくこくと何度も首を縦に振る。
「…また一人…」
「え?沖田先生。何か仰いました?」
「イエ。何も」
総司の呟きに反応して振り返るセイに、総司はにっこりと笑みを返す。
するとセイは少し頬を染め、それから恥ずかしそうに目を伏せると、すぐに意識を切り替え、また次に処置をする隊士を振り返った。
セイは気付いていない。
また一人、彼女の魅力の虜になった事を。
総司は土方のように衆道は許せないとか言う気は無いが、それでも今目の前にいる男たちは、セイが男であろうと彼女の存在そのものに癒され、惹かれているだろう。
もし本当は女子だと知れば、その人数はきっと今よりも増えるだろう。
一度、セイが屯所で一人になって襲われそうになった日以来、必ず総司か、でなければ祐馬か斎藤が傍にいるようにしているから、迂闊に声をかけたり、手を出したりする事は無いが、それでもちょっと目を離した隙にもしくは帰り際、時には三人の内の誰かが傍にいるにも拘らず彼女に声をかけては気を引こうとする者、想いを告げる者もいる。
試合の時、道場を守ってくれていた一番隊がそれとなくセイの強さを噂で広めているし、彼女自身も男以上の男前っぷりで見ている方が気持ちいいくらい声をかけてくる者を粉々に玉砕させてくれるから安心はするのだけれど、それでも不安は常に付きまとった。
そして。
もう一つ。