嘗て幾度も想像した光景が目の前に映し出される。
それはこんなにも現実感が無いものかと総司は思った。
自分が振られてもセイが傍にいてくれるのならそれでいい。
もはや手放せない事も、彼女を縛り続けるだろう自分がいる事も分かっている。
それでも彼女に傍にいて欲しい。
けれど、何処か綺麗事めいたその望みは、セイが誰のものにもならない前提があっての話だったのだ。と総司は今になって気付いた。
斉藤に寄り添うセイの姿なんて、幾度も飽きるほど想像してきた。
けれど、実際に目の前に突きつけられるとこんなにも腸が煮えくりかえる光景だとは知らなかった。
傍にいて欲しい。
ただそれだけ。
しかしそれだけの願いは、総司にとって、セイが誰か他の男のものにもならない。心奪われたりしない。という前提があっての話だったのだ。
誰か他の男のものになったセイが傍にいるくらいなら。
自分は、―――その男共々セイを斬ってしまうだろう。
そうでなければ。
「神谷さん!」
総司は斎藤の胸元に体を預けたままこちらを見るセイの腕を取ると、もう一度己の胸元へ引き寄せて、深く口付けた。
「っ!…んっ!」
逃れようとする唇を引き寄せ、抵抗の言葉を吐こうとするその口内の歯列をなぞり、執拗に舌を絡める。
顎に腰に手を掛け、小柄な体を全て己の体で包んで飲み込んでしまうように引き寄せ少しの身動きも許さない。
襲い掛かる初めての事と、総司のむき出しの感情に怯えて離れようとするセイを逃がさない。
――自分のものにする。
もう既に一度誰かによって染められたのなら。
その男を斬って。
セイの全てを自分の彩に染め直すだけだ。
「おい!沖田さん!」
制止しようと総司の肩に手を伸ばそうとする斎藤の手を彼は殺気剥き出しの視線で制すと、見せ付けるようにセイへの接吻を続けた。
絡まる舌が見えるように。
時にセイに甘い声を出させて。
互いの口の端から零れる雫が音を立てて零れる様を。
全て斎藤に見せ付ける。
徐々に力が抜け、立っていられなくなったセイがかくりと膝を折ると、総司はその背を支えたまま、その場に膝を突いた。
「神谷さんは私のものですから。斎藤さんには渡しません」
セイの濡れた口の端を拭い、悠然とした瞳を斎藤に向ける。
それに怯む様な斎藤ではない。彼は総司の視線を無視して、セイを見遣る。
しかしそこで一歩でも近づこうと踏み出したのなら、今度は総司の刃が容赦なく彼を襲うだろう事も推測できた。
結局のところ、総司もそうだろうが、斎藤だってセイには幸せになって欲しい。
彼女が誰を必要とし誰を望んでいるかなんて最初から分かっている。
そんなひたむきな彼女の心を向けられながらも一向に気付く事も無く、少しも向き合おうともしなかったくせに。
人に取られると思った瞬間この仕打ちか。
このくらいの行動が起こせるのなら最初からそうしていればいいものを。
と思いながらも。
今回長年片恋であった想い人からの折角の恋情を最初に拒絶したのはセイだった。
総司はどんな事があっても、どんなに強い願いがあっても、セイの望みだけは覆す事をしない。
この男も自分もセイにだけは何処までも甘いのだ。
斎藤は溜息を吐きながら、もう一度総司を睨みつけ、そして、その場を離れるしかなかった。